「文豪ストレイドッグス」(略称:文スト)という漫画がある。

長らくこの漫画について書こうと思っていながら、ついつい書くことをためらっていた。

いかにも私が面白がっていろいろ解説でもしそうなキャラが出てくる漫画なのだが、ためらっていたのは、困ったことに、私にはこの漫画があまり面白いと思えなかったからである。

様々なキャラをつくって、そのあとはマフィアの抗争、過激な戦闘や暴力シーンばかりで、特にこれといったストーリー性がない。

 

朝霧カフカ原作、春河35の作画による漫画で、KADOKAWAから出版されており、TVアニメでも、2016年に第1シーズンが始まり、現在、第5シーズンまできている。

2018年には映画にもなったし、その後舞台にもなったり、モバイルゲームとしても配信されたり、なかなかの人気漫画となっている。

単行本としては、現在、第24巻まで発売されているから、一般論としては、大人気漫画と言ってもよいだろう。

 

 

この漫画が意表をつくのは、様々な文豪の実名を持つフィクションの人物が登場して、なんとなくその作家の作品にヒントを得たような異能力を持って、ストーリーが展開される。

それぞれの作家が、異能者集団として、漫画的特殊能力を保有している探偵集団(武装探偵社)や、その天敵となるマフィア(ポートマフィア、ギルド等)に所属している。

例えば、中島敦くんは、虎になってしまう異能力を持っており、虎になっているときの記憶はなかったりするのだが、そのような過去を背負って、武装探偵社でさらに強く成長していく。

また、太宰治くんは、自殺マニアとして、どう自殺するかばかり考えていたりするのだが、異能力「人間失格」により、他の異能力者の攻撃を無力化できる。

基本的に、正義は「武装探偵社」であり、その他多くの悪と闘う構図である。

 

武装探偵社の社長は福澤諭吉、所属している社員は、国木田独歩、太宰治、江戸川乱歩、中島敦、谷崎潤一郎、宮沢賢治、与謝野晶子、田山花袋らで、泉鏡花のようにもともとポートマフィアの殺人者だった者が救われて武装探偵社の仲間になるケースもある。

一方、悪のポートマフィアは、森鷗外、芥川龍之介、中原中也、梶井基次郎、尾崎紅葉、夢野久作、立原道造らである。

 

作図は、全員、イケメンか美女になっている。

これは、もともと原作者の朝霧カフカが、この作品を思いついたのは、「文豪がイケメン化して能力バトルしたら絵になるんじゃないかと、編集と盛り上がったから」と述べており、舞台が横浜なのは、作画の春河35が横浜出身だからということらしい。

横浜の実際の風景を背景として、戦闘が繰り広げられる。

基本的には、イケメンが漫画的異能力者となって、バトルを繰り広げるアクションものだ。

 

ここで整理しておきたいのは、代表的登場人物と、その異能力(鬼滅の刃で言えば「呼吸」)の名前と一言説明である。

登場人物と異能力は、いくらでも出てくるので、「武装探偵社」と「ポートマフィア」の一部を紹介すると、以下のような登場人物と異能力である。

 

【武装探偵社】

 

1.中島敦 異能力:月下獣(虎に変身する)

 

2.太宰治 異能力:人間失格(あらゆる異能を無効化する)

 

3.国木田独歩 異能力:独歩吟客(手帳に書いて具現化・実体化する)

 

4.江戸川乱歩 異能力:超推理(眼鏡をかけるだけで事件の真相を解明する。実は異能力者ではない)

 

5.谷崎潤一郎 異能力:細雪(周囲に雪を降らせて幻影を投影する)

 

6.宮沢賢治 異能力:雨ニモマケズ(怪力と頑丈さを得る)

 

7.与謝野晶子 異能力:君死給勿(瀕死の人間を治癒できる)

 

8.福澤諭吉 異能力:人上人不造(部下の異能出力を調整制御する)

 

【ポートマフィア】

 

1.芥川龍之介 異能力:羅生門(外套を何でも喰らう黒獣に変身させる)

 

2.梶井基次郎 異能力:檸檬爆弾(檸檬型爆弾を具現化し、本人は爆発のダメージを受けない)

 

3.森鷗外 異能力:ヰタ・セクスアリス(異能生命体エリスをつくり出す)

 

4.中原中也 異能力:汚れつちまつた悲しみに(重力を操る)

 

5.夢野久作 異能力:ドグラ・マグラ(最も嫌われる精神操作系の異能)

 

6.尾崎紅葉 異能力:金色夜叉(甲冑武者姿の女性を操る)

 

などなど、海外の作家(ジイド、フィッツジェラルド、ドストエフスキーなど)も含め、あらゆる異能力を持った登場人物が抗争を続けるのである。

これら異能力者たちの中でもお薦めは、女性として描かれた泉鏡花であり、その異能力は、

夜叉白雪」。

これは仕込み杖を持った白い甲冑武者姿の女性「夜叉白雪」を召喚する異能で、非常に高い殺傷能力を持つ。

この異能力の名称は、勿論、泉鏡花の「夜叉が池」と、その中に出てくる龍神・白雪を組み合わせたものであるが、ポートマフィアの手先として35人殺した殺人者である泉鏡花が救われて「武装探偵社」に加わるあたりが、たそがれ度とストーリー性では、見所の一つか。

闇の世界に育った鏡花は、光の世界になんとか自分の生きる道を見出そうとするのである。

 


ざっとこんな感じで、人気アニメとしてかなり長く続いているのである。

実際にAmazon Primeで無料配信されているアニメを観てみると、「鬼滅の刃」ほどのめり込むストーリーではなく、大体同じようなストーリーが繰り返され、非常に長い。

ただ、多分、これらイケメンたちの活躍に、萌える人たちが、「推し」としてそのキャラが出てくるのを楽しみにしているのではないかと思われる。

私としては、やや萌えたのは、泉鏡花だけであったが。。。

 

今となっては、かなりマイナーな作家となりつつある国木田独歩を中心人物の一人として活躍させている理由もよくわからないが、キャラとしては、一般にあまり知られすぎていない人物の方が描きやすいのか?

大河ドラマなどでも、よく知られすぎている人物の方がやりにくいと聞いたことがある。

前回の「徳川家康」などはそのよい例で、新しいキャラを前面に出そうとし過ぎて失敗した感じがある。

歴史は変えられないので、人は普通の徳川家康をやって欲しかったのだと思う。

その点、今回の「光る君へ」などは、もともとよくわかっていない紫式部なので、どうとでもつくれるし、ストーリーの様々な箇所に、源氏物語に書かれている場面の伏線があって、放送されるたびに、SNSではその伏線の解明で盛り上がっている。

 

海外から上陸してくる異能犯罪組織もあり、ミミック、ギルド、アラハバキ、死の家の鼠、天人五衰等々、次々と国際的な犯罪集団が登場しては、抗争が繰り広げられ、その中で最期を遂げていく異能者もいる。

スピンオフも含め、こうしたマフィアの組織抗争が続くわけである。

 

ストーリーに登場するバーには、実際のバーが出てきたりするので、一つ紹介したい。

物語中、太宰治、坂口安吾、織田作之助の三人がよく飲んでいるバー「Lupin(ルパン)」。

ここはまだ銀座のみゆき通りを少し入った一角で実際に営業しており、最近では、昭和の雰囲気を残すバーとして、インバウンドの客で賑わっている。

 

 

実際に、バーカウンターに座る太宰治の有名な写真は、ここルパンで撮影されたものである。

私も銀座で食事などしたあとに、よく訪ねてみるのだが、結構、席が空いていなくて断られるケースが多い。

先日、たまたま席が空いていて、ようやく中に入ることができた。

カウンターでマスターに、最近では作家の誰がよく来るのか聞いてみたところ、どうもインバウンドの客に有名になってしまったこともあり、作家はあまり来なくなってしまったようだ。

外の看板と同じ柄のマッチがあるので、行ったらもらっておいた方がよい。

 

 

「stray dogs」という英語は、普通に訳したら、「野良犬」とかになるのだろうけれども、漫画ではこの言葉に「迷える犬」とルビが振ってあるから、そういう意味なのだろう。

明らかに、漱石の名作「三四郎」において、美禰子がつぶやく謎めいた言葉としての「ストレイシープ(迷える羊)」を意識していると思われる。

美禰子がつぶやく謎の言葉「ストレイシープ」は、「三四郎」のテーマとも言えるキーワードとなっており、青春の戸惑い、迷える心を謎めいたつぶやきで表現し、昔の学生には青春のとまどいを表現するキーワードでもあった。

ほかにもstrayがつく単語としては、stray cats (野良猫)、stray bullet (流れ弾)、stray hairs (ほつれ毛)などがあるのだが、やはり、我々の世代には、stray sheepが一番しっくりくる。

現在の殺伐した若者の世相は、ストレイシープではなく、ストレイドッグスになってしまったようにも思えて、若者たちは、青春のとまどいよりも孤立感(野良犬感)が強いのかもしれない。

その情緒のなさが、私にはあまり共感できず、面白く感じられない理由なのかもしれない。

やはり、昭和のオヤジ世代ということなのだろうか。。。

 

 

<了>