やあ、お久しぶりに此処へ来ました。


来た理由はただ一つ。

書きたい長文があるから。

インスタの投稿だと、ちと恥ずかしいので

まあ見たい人だけが見てるのかなというこの空間で。

たまーになっがい独り言を言いたくなる時あるじゃん?(ないのかな)


こう見えて常に色んなことを

ぐるぐる考えてる人間なんですよ。

例えばAの話をしてる時、

頭の裏側ではBのことを考えていて、

てかさー、って突拍子もなくBの話をしだしたりする時がよくある。これは性格なのか、AB型特有なのかはよくわからないけど。

まあこの話はまた今度しましょうか。(きっとまた今度は来ない)


さっき久々にお母さんと真面目な話を

沢山してたんだけど、きっかけはマイナカードで

国が抱える問題とか日本に対する不満文句とか。(想像以上に重たい)


つい最近あった悲しいニュースの話とか。


よく耳にする『多様性』。

色んな場面、事柄に当てはめられると思うのだけど、

例えば夫婦別姓とか性的マイノリティとか

まだまだ理解と制度が追いついていないのが現状で、

きっと生きづらさを感じている人が沢山いるんだよね。


それはどうしてなんだろう?って考えた時、

もちろん制度とかは私の力ではどうにも変えられなくて、国の代表者たちに頑張ってもらわなきゃいけないところなんだけど、

有名人のニュースで可視化される周りの"人"たちの反応とかが多いに関係してると思うんだよね。


わかりやすいのが『誹謗中傷』


これって本当に理解し難くて、

どうして関係のない人達があーだこーだ

いとも簡単に自分の身分は都合よく隠して言えるのだろうと。


普通の人は言わないのが当たり前だけど

見えないところにはそれが簡単にできちゃう人が沢山いるんだよね。


そういう人たちが

まず持ち合わせていないのが『想像力』。


少し考えたらこんな事を言ったら傷つくな、とか

自分が言われたら嫌だなとか分かりそうなのに

その考えることをすっ飛ばして身勝手な発言をして、

その発言に責任を持たずに逃げる。


その『想像力』を持つ上で

ベースにあるのは『人のことを想う心』だと

個人的には思ってる。


きっとこのベースを持ち合わせていない人が

人を簡単に傷つけて、悪びれる事なく蔓延る世の中なんだって思い知らされる。




少し話は逸れますが、

最近、私は転職をして、

人材派遣会社の営業になったのだけど、

じゃあどういう仕事かというと、

この会社の商材は"人"なんだよね。


物と違って、わかりやすい説明書もなければ

型番もなく、取り扱うもの全てが全く別のものたちで

それぞれの"個"と向き合って、

それを1番いい形で輝かせられる場所を選ばなきゃいけない。


その為にはまず、

その"個"を理解するところから始まる。


対"人"なので、理解するには

その人と話をして、見極めなきゃいけないから

「話しをする」という過程がすごく大事なプロセスなんだよね。


その人の理解を得るためには

こちら側の"信頼"を提供しないといけないから

その"信頼"を提供する為には、

その人に合ったやり方を臨機応変に見つけなくちゃいけなくて、、、


何だか自分で書いててもむず〜って感じなんだけど

でもそういうことなのよ。(どういうこと)



全く同じ人なんて誰1人いなくて、

存在している人の数だけ

"個性"、"価値観"、"感性"があって、

合う・合わないがもちろんあって、

その違いをいかに見抜いて感じて攻略するかが

大変難しいところであり、面白いところなんだよね。



いやーこの人とは合わないわ!無理無理!って

ぽーいって投げ出すのは簡単だし、


この人とはまじめっちゃ合うわ!何も言わなくても何考えてるのか大体わかるわー!って人がいれば

それはそんなに簡単で有難い話はないんだけど、


仕事上、そんな簡単にはいかないから

何考えてるのかわからん!私とは全く別タイプの人だ!って思う人の方が、

私の闘争心というか、やってやらぁ精神がくすぐられるんですよね。(なんで)



だから私は、

簡単な300ピースのパズルよりも

1000ピースのパズルを選ぶし、

世界最小なんて書かれてたら間違いなくそれを選ぶ。(何の話?)



脱線したけど、

その色んな様々な個性が混ざり合う中で、

担当としてそれぞれと付き合っていかなきゃいけない

私という存在が"信頼される"存在でなきゃ成り立たなくて。


じゃあその信頼される為には?となると

その人に興味をもって、理解しようと歩み寄って、

どういう人なのか話を重ねて、探りながら、

自分も相手を信頼して、私はこういう人間であなたの味方ですよ!っていうことを、気付かせることが大事なのかな?と。


例えば、私はこういう人間です!!ってアピールされただけで、相手が自分に興味がないと思ったら、

私だったらふーんで終わっちゃう。笑


お互いに興味を持って、持たせて

話しを重ねて相手のことを知ることで

初めて信頼関係が生まれるんじゃないかなーと。



今は仕事上の話として書いてきたけど、

これは別に暮らしの中で人と付き合っていく上でも

すごく大事なことなんだよね。きっと。



これはまず「入口」でしかなくて、

この先長い付き合いをしていくとしたら、

「信頼関係」は絶対的で、

必要なことって

相手の立場になって考える『想像力』

自分がされて嫌なことはしない、言わないとか、

この人はこう言われたら嫌がるだろうなとか、

こう言われたら喜ぶだろうなとか、

『相手のことを想う心』が無いと

長くは続いていかないのかなって。



またちょっと別の角度になるけど


私の父親は「ありがとう」が言えない人で

母親は「ごめんなさい」が言えない人なんだけど


この両親を見てきたから

「ありがとう」と「ごめんなさい」は

素直に言える人でいようと心掛けてる。


「ありがとう」が言えない人は、

きっとその人に"当たり前"が付き纏ってる人。

○○して当たり前、○○があって当たり前。

"当たり前"に存在するものなんて、少ないんじゃないかな?と思うんだけどね。

大体のことは誰かの努力とか苦労とか優しさとか愛があるから、そこに存在してるのに。


「ごめんなさい」が言えない人は、

きっと自分の過ちと向き合えない、自分が絶対的存在である人。

誰でも失敗はするし、誰かが嫌な思いをしたと言うならば、それは変えられない事実なのにそれを認めようとしない、自分は悪いことしてないと勝手に正当化する。

その人によって、正解の形なんて変わるのに。


ありがとう、ごめんねなんて

できて当たり前のようだけど、

実はなかなか難しい。


けどこれができる人と、できない人では

信頼できるかどうかってすごく大きい。


これも『想像力』だと思うんだよね。



なんやかんやめーーーっちゃ長い独り言になってしまったんだけど、(ここまで読んでる人いるのか?)



私は『人のことを想う心』は

ちゃんと真に持って、

ぶつかることも失敗することもあるけど、

愛と感謝は忘れずにいたいな。



仕事頑張るぞー