昨日に続き、
死ぬほど長い独り言のお時間がやってまいりました。
これは誰得なんですか?と思うところですが、
誰かに宛てて書いているものでもなく、
ただの独り言なので…。一言でいえば自己満です。
きっと見てる人も少ないっしょ!
今日の独り言は、昨日の延長線上といいますか、
人との付き合い方について、
悩むことが誰しも少なからずあるよね。
私個人でいうと、めちゃくちゃある。
常に悩んでいるかもしれない。
じゃあなんでそんなに悩んでいるの?と聞かれたら、
人に興味があって、人と関わるのが好きだから。
これにつきます。
例えば
特定の誰かとの付き合い方に悩んでいたとして、
他の人にこういうことがあって悩んでいるんだよね~と相談したとき、
そんなに悩むなら付き合うのやめれば?と
簡単にその人との関係を手放す選択を提案されるのだけど、
A~Fの選択肢があるのだとしたら、
関係を手放すということは私にとってGにあたります。
なんで?と一斉に声が聞こえてきそうだけど
最悪の選択肢だと思っているから。
特にその相手に対して、何の思い入れもなく
何の感情もないのだとしたら
いち早くその選択肢を私でも選ぶ。
でも”悩む”のだとしたら、
少なからずその相手に対して、
何かしらの思い入れや感情があるからなんだよね。
悩むことは私的には悪いことでは全然なくて、
何をするにおいても切っても切れないことで、
真剣にその物事に向き合っているからこそだと思う。
簡潔にその関係を手放す・断ち切ることを選ばなきゃいけない時は、
その相手とどうにも関係を修復できない、
問題を解決できない時、
立ち直れないくらいの傷を負った時、負わせた時。
この選択肢を私はなるべく選びたくがない故に、
自分にできる最大限の努力をしたいと
常に思っているから、”悩む”んだよね。
昨日書いた中で、
転職して人材派遣会社の営業になりました~と、
仕事のことを書いたのだけど、
まだまだ営業としては始まって
2週間のベイビーちゃんで、右も左もわかりません。
でもその中でまず私に課せられた任務は
今現場で働いているスタッフのケア。
スタッフが気持ちよく派遣先の現場で働けているのか?とか、困っていることがあれば聞き出して、
解決策を考えてアドバイスしたり、必要に応じて対応をする。
一見、簡単そうで、そうでもない。
昨日も、
スタッフとの信頼関係が大事って書いたんだけど
なぜかというと、
「悩みを聞き出す」「相談してもらう」ことを
させないといけないからなんですよね。
これって、信頼する人じゃなきゃ、
人ってしないと思うんです。
自分が働いている場所を思い浮かべて、
困っていることがあったとき、誰に相談したいか?を
想像すると分かりやすいかもしれない。
きっと、自分が信頼している人にまずは相談してみるでしょう。
こんなこと言われてまじムカつくんですよ!!って
愚痴をこぼす相手も、きっとこの人って特定の誰かがいるはず。
だから私がスタッフにとっての、
その”誰か”にまずならないといけない。
人って一人で生きていくのはすごく難しいと思う。
誰かしら周りにいる環境の中で過ごしているから、
大抵、基本的には寂しがり屋な生き物だと思うんです。
話せる人が職場に1人もいません。
なんて考えただけで、私は絶望。絶対にそんな職場で働きたくない。無理。
だけどそれができる人も多分一定数いて、
一人で自分の思うままに
誰にも干渉されずに働きたい、生きていきたい人も
きっと少なからずいるんだと思う。
なるべく人と関わりたくない人もいると思う。
それは人それぞれでその人に合った環境を選べばいいだけの話で。
ちょっと愚痴聞いてくださいよ~って、
なんで他人に聞いてもらおうとするのかって、
自分の中で解決・解消できないから、
何かしらのアドバイスが欲しいとか、
ただ話を聞いて欲しいとか、
一人ではできないことだからこそ、
「他人を頼る」という選択肢を選んでいるんだよね。
だから私はスタッフのケアという任務を遂行するには、「私を頼る」という選択肢をスタッフに持たせないといけない。
そのためには信頼関係を築くことが大事と、
昨日の話が繋がってくるんですね~。
信頼関係を築く「入口」(※昨日のブログ参照)を
クリアしてOKではなく、
さらに「構築」していくことが大事で、
その「構築」の部分を継続的にしていかないと、
ダメだよって教えられました。いや、本当にその通り。
その「入口」を突破できたからって
その関係がいつまでも続くわけなくて、
「構築」をサボると「退化」していくだけ。
ユニバで入口のゲートくぐって
地球儀見てユニバ行った気になってるのと同じです。(?)
ぐるっとアトラクション楽しまなきゃそりゃ意味ないでしょ?
どうする?
彼氏に「じゃあ俺、地球儀見れたしあとは一人でどうぞ!」って言われたら。びびるっしょ。
そういうことなんですよ。(わかってくれたらすごい)
じゃあなんで「相談をする」をしてもらわなきゃいけないかというと、
その人が不満を持って働いていた場合、
ずっとそのまま働き続けるには
絶対にいつか限界が来てしまう。
会社側からすると、
簡単に辞められたら困るわけで、
スタッフ側からしたら助けてくれない会社なんて信用できないよね。
その間をうまく取り持つのが私の役目なんです。
きっとすごく大変だけど、
人と関わるのが好きで、
人に興味しかない私からしたら
なんて面白い仕事なんだろう、という感じです。
そんな感じで仕事への真面目さを
露呈してしまった気がするんだけど、、
何が言いたいかというと(?)
人との付き合い方について、
転職したことでより真剣に考えることが増えました。
まだまだベイビーちゃんなので
これからもっとたくさん悩まなきゃいけないことが
増えていくと思うんだけど、
真剣に仕事に向き合って悩むことはやめたくないな。
またも仕事の話としてつらつら書いてるけど、
友達とかも全部そうだと思うんですよ。
基本、人は誰だって寂しがり屋。
例外になく私だってめちゃくちゃ寂しがり屋です。笑
大好きな友達がたくさんいて、
その人たちにいつだって支えられて生きてる。
もちろんその大好きな友達とぶつかったり、
関係に悩んだりすることだってある。
でもせっかく「友達」という入口を通り抜けたなら、困難があってもA~Fまで試してみて、
何回でも繰り返して、その時が来てしまうのならば、
仕方なくGの出口を選ばなきゃいけないのかもしれないけど。
私は簡単に出口を選んでしまうのは、
逃げだと思うし、その人に対しても失礼だとさえ思う。
この人に対して、
どう思われようとどうでもいいやと思ったなら別だけど。
(↑こう思って手放した出会いもたくさんあります。)
何か困難があった時、
真剣だからこそ、真剣に対峙できないと
おいおいちょっと待てよ?と怒りという感情が
こんにちは〜😀ってしちゃうんだよねー。(良くないねぇ)
絶対にこういう全力でぶつかってくる性格が
面倒くさい、鬱陶しいと思う人もいるし、
自分でも面倒くさいのわかってる。
けど真剣だからこそ、築ける関係もあると思ってて、
ペラペラの上辺の関係は
私の中ではあまり必要がないから
より自分の中で大切だと思った人には
お互いにちゃんと真剣に向き合えたらいいなと。
友達・恋人って
私にとって家族同然の存在だから
家族と同じようにぶつかり合いたい。
それが私のこだわりで
譲れないところかもしれない。
愛が強すぎる故、
強い女になってしまうのだけどね(反省)(可愛くいたい)
まあ、困難という名のすれ違いとか喧嘩とか
無いに超したことはないんですけどね!笑
今仲良くしてくれてるお友達たちは
こんな私だけど
見捨てないでいてくれることを祈るよ。笑
本当にいつもありがとう〜〜〜
だからいつでも真剣勝負!な
SUPER BEAVERが大好きなんです。(余談)
ひとりで生きていたならば、
こんな悩みも、
寂しさも感じないのかもしれないけど、
ひとりで生きていないからこそ、
得られる喜びも、楽しいも、愛おしいも存在するんだと思う。
だから”人”って面白いと思うんだ。