お待たせしました。

死ぬほど長い独り言、第三弾。

誰も待っていないけど。

 

最近独り言多くない?

 

そう、暇なのだ。

専門学校を卒業して、10年。

転職を2回しながらがむしゃらに働いて、遊んできた。

今考えれば、暇なんてほどんどなかった。

 

私のことをよく知っている人はわかると思う。

 

仕事と遊びにほとんどの時間を費やした挙句、

特定の誰かと向き合う時間、

そして何より自分と向き合う時間がなかった。

 

正しく言えば、「忙しい」を理由に作らなかったのかもしれない。

 

前回のブログの中で、

自分の大切だと思った存在とは真剣に向き合いたい。

しっかりと対峙したいと書いたのだけど、

そんなことを書いた当の本人も

今まではちゃんとできていなかった。

 

ある意味、自分の中の覚悟として書いた。

 

その向き合う相手の中には、「自分」も含まれていて。

 

節目の30歳。

周りは結婚・出産をしていく中で、

私はどうだろう?

 

相手もいない。作る気もほとんどない。

 

それは嘘で、作る気はいつだってあった。

正しくは作りたい気持ちはあったし、ある。

 

出会いもそれなりにあったし、

全く何もなかったわけではないけど、

何もなかった。何も始まらなかった。

 

私にその気があればあったのかもしれない。

兎にも角にも、原因はすべて自分にあって。

 

 

私は新しく始まる何かが好きだ。

 

新学期、新生活、転職だってそう。

新しく始まるドラマも映画も、

新しくできた場所も、行ったことのない場所に行くこと、

知らない人と出会うのも。

 

まだ自分の知らない何かが始まること。

まだ自分の見たことのない景色を見ること。

まだ自分の知らない世界を知ることが

 

とてつもなくワクワクするのだ。

 

それでも、私も人なわけで、

何でも興味があるわけではない。

(大半の人よりは多いかもしれないけど。)

 

この前、友達に教えてもらった占いの結果。

私は直感で動くタイプだと。

 

本当にその通りで、

何の根拠もなく、直感で何かを感じるタイプで、

説明するのがとても難しいのだけど、

どこかから何かを受け取っているような…

目に見えない何者かにいつも教えられているような…

 

それが正しいとか間違っているとかは置いておいて、

何かしらをいつも感じ取っているような感覚で生きてる。

 

だから、その謎の直感で

”ワクワクするもの”に興味が沸くのだ。

 

 

これは余談で、私の単なる我儘だけど、

この直感を、興味の沸いたものを

否定されるのがとても嫌いで。

 

やってもないこと、

知らない世界のことを

なんで先入観だけで否定できるのだろう?と。

 

『やらない後悔よりもやる後悔』

 

なんて言葉があるけれど、

やらない後悔はもちろんのこと、

やる後悔もなるべくならばしたくない。

誰でもそうだと思うけど。

 

後悔を前提で話をすることは

そのまだ見たことのない未来を否定されているようで

あまりこの言葉は私は好きになれない。

 

いつだって明るい未来を見ていたいし、

ワクワクしていたい。

 

 

そんな性格なもので”ワクワク”を感じられなくなると、

一気に興味もやる気もなくなってしまう。

 

同じ環境で、日々同じ作業を繰り返す。

これが得意な人もいて、

私はできないから本当にすごいと思う。尊敬。まじ尊敬。

 

「継続は力なり」

 

私にとって耳が痛くなる言葉。

まあ何も続かない。三日坊主もいいところ。

変化のないことが、とにかく苦手。

飽きっぽくて、仕事もコロコロ変えて。

 

何もない日が苦手で。

 

 

逆らうことができずに流れていく時間が、

何することもなく、何の感情も生まれることなく、

ただ流れていくことが勿体ないと思う。

 

少しでもいいから、

自分にとっても誰かにとっても

この先過ごしてよかったと思える時間であってほしい。

 

だから私は誰かと会う約束をするのが好きで、

新しい思い出を作れることが嬉しくて。

 

たったそれだけのことかもしれないけれど、

いつ、その時間の「また」が来なくなってしまうかわからないから、

決まらなかった「いつか」は来ないことが多いから。

 

だからこそ、私は期待しすぎてしまう。

本当に良くないところなのだけど、

相手も同じように、同じ時間を過ごすことを

楽しみにしていてほしいと、期待してしまう。

 

そして、その勝手にした期待が

無くなってしまった時、思っていたものでなかった時、

ひどく落ち込んで、人のせいにするのだ。

 

勝手に自分が抱いた期待なのに。

相手からしたら迷惑極まりない。

 

その人のせいなんかじゃなくて、

そう思わせることが出来なかった

自分の力不足を棚にあげて、ずるい。

 

 

出会いもそれなりにあったし、

全く何もなかったわけではないけど、

何もなかった。何も始まらなかった。

 

私にその気があればあったのかもしれない。

兎にも角にも、原因はすべて自分にあって。

 

直感でこの人といる未来を考えた時に

ワクワクすると感じることができる人と

なかなか出会うことが出来なかった。

 

なんてちょっと上から目線なこと言っているけど

逆も然り、私自身が相手を一緒にいたいと

ワクワクさせることができていなかったのだ。

 

これは人から見たら

どう思うのかはわからないけど、

勝手な自己分析。

 

今までの私は圧倒的に自信がなかった。

そうは見えないと言われそうだけど、本当に。

 

こんな私なんて誰が好きになるんだろう?

見た目も性格も悪くて、闇を抱えて素直になれない。

本当はすごく弱い人間だから、

これを見せた時に周りの人はどう思うのだろう?

 

ただ、同情が欲しかったのかもしれない。

 

 

誰かが言った、

「自分を好きになれなきゃ、

人に好かれることもできない」

 

自分のことなんて好きになることができないから

こんな私でも好きだと言ってくれる人を

探しているんだと思ってた。

 

でも確かにこれは間違った考えだと気が付いた。

これは自分への甘えだ、他人への依存だ。

 

自分が好きになれない自分を、

もっと何も知らない他人が

どうやって好きになれるのだろう?

 

 

就職活動だってそうだ。

 

「自分のアピールポイントはなんですか?」

 

自分で自分のいいところを

アピールできなければ弾かれる。

 

 

まずは自分のいいところは

ちゃんと自分で認めてあげようと思った。

それを自分の強みとして、武器として。

 

結局はみんな自分が好きで大切で、

なかなか自分のすべてを

他人に捧げられる人ってそうはいない。

 

だからこそ、自分が

自分の一番の味方でいてあげなくちゃ。

 

だからこそ、他人のことも認めなきゃ。

自分以外のことなんてほとんどわからない。

自分の思うように他人が動いてくれるわけない。

 

そして人は言う、

「こんな人だとは思わなかった。」

なんてそれこそが、勝手に抱いた「期待」だ。

 

 

私は自分らしくいることを認めてくれる人が、

そしてこんな人になりたいと思う人が、

お互いの失敗をちゃんと許しあえる人が好きなんだと思う。

 

その好きな人のためになら、

勝手な「期待」には応えられないけれど、

「理想」があるならば近づけるように努力したい。

 

 

今年30歳になって、転職もした。

 

自分の中の何かを変えたくて、何もかも変えたくて。

 

平凡な毎日はつまらない。

 

まだ私の知らない世界がたくさんある。

 

結婚・出産

 

私だってできるのならば経験してみたい。

 

恋人との幸せな時間。

 

暫く経験していない、かけがえのない時間。

 

どれも考えたらワクワクする。

 

不安もあるけれど、

 

自分の好きな自分でいられたら、きっと大丈夫。

 

「自分のことを認めてあげる」

 

今の自分から変わりたい、何もかも変えたい。


これは私の「まだ見ぬ世界」への

ワクワクをなくさないための覚悟だ。