一昨年の6月に申し立てられた面会交流調停。
子の福祉・利益を最優先に考え、面会交流の是非、メリット、デメリット、1日も休むことなく考えてきました。面会交流事件の着地点に模範解答はなく、家庭それぞれ出る答えは違うと思います。
教科書的には『面会交流=善』なのだと思います。しかし、私が2年間戦い抜いて出した答えは、私の事案の場合『早急な直接的な面会交流は子の福祉に反する』です。これは裁判官がどう言おうと、私の答えは変わりません。2年間ひたすら考え抜いて、様々な面から面会交流を考え、出した答えですから、そう簡単に変わるはずはありません。
面会交流事件を通して、面会交流のあり方について、危惧したことがあります。それは、当事者らが家裁の手続きのなかで『面会交流=善』という、行き過ぎた思想に洗脳されることです。面会交流が子の福祉に資するのかどうかはそう簡単に判断できないはずです。親子関係によって事情は様々です。本当にすべての事案にそれが当てはまるのか、特に同居親にはよく考えてもらいたいと思います。私の事件を担当した田中いゑ奈裁判官には審判の場で伝えさせてもらいましたが『面会交流は子の福祉に資するのではなく、正しくは、面会交流の是非にあたっては子の福祉を最優先に考える』です。
私は、調停から1度も、『なぜ面会交流が子の福祉に資するのか』という説明は受けていません。調停委員、裁判官は、子供と1度も会ったことがないうえに、父子関係がどのようだったかさえも何も知ろうとしませんでした。それなのになぜ面会交流することが子の福祉に資すると判断できるのでしょうか。調停開始早々「5分でも良いから会わせてみない?」と、まるで買うまで帰れないようなセールスの如く、面会交流を押し進められます。
私が調停委員だとすれば、まずは別居親と子供との同居時の関係、子供の年齢、同居親と別居親の関係、別居親が面会交流を望む理由、同居親が面会交流に否定的な理由を細かく聴取します。双方の主張をろくに聴かないで、同居親に「5分でもいいから会わせてみない?」という説得は調停委員としては失格でしょう。そんなことをしても面会交流の障壁は取り除かれませんし、よって面会交流は実現できません。
先日、特別抗告の結果が届きました。
特別送達ではなく簡易書留で届きました。
結果としては、棄却でした。却下ではないので、しっかりと主張を最高裁の目に触れさすことができたのはよかったです。
これで2年間の闘いが一段落したことになります。
調停が始まった当初は、まさか最高裁まで争うとは思ってもいませんでした。調停・審判は心身ともに辛く大変なこともたくさんありましたが、私に『面会交流は子供にとって良いものなのか』『日本の面会交流事件の問題点』『家裁の問題点』等を深く考える動機を与えてくれました。蔓延っている原則実施論に挫けず、最初から最後まで子供のことを最優先に考え『私の事案の場合、早急で直接的な面会交流は子の福祉に反する』という答えを出し、それを裁判官・調査官・調停委員に主張できたことは、私にとっては、何事にも代えられません。
2年間頑張りぬいてよかった!


