面会交流事件から見る裁判所

面会交流事件から見る裁判所

結婚生活でカサンドラ症候群を発症。
夫から申し立てられた面会交流調停を通して、家裁の問題点をオープンにします。
面会交流の原則実施論の問題点について、今後議論が活発になることを願います。

面会交流調停を通して、子の利益とは何なのか、深く考えることができました。私らの事案では、面会交流することが子の利益になるという、模範解答のようなありきたりな答えにはなりませんでした。子供のことを考えれば考えるほど、面会交流することが親子断絶に繋がってしまうかもしれないことに気がつきました。

面会交流事件の調査官調査の調査対象は、一般的には、子と、子を監護する者です。私はその点が疑問でした。なぜ非監護親のことを調査しないのか。裁判官に問うと「お父さん(夫)を調査したところで、結論に影響するようなことは何もないだろうから、調査をする必要性は感じていない」との答えでした。それはおかしな話です。仮に、子に何かしらの発達特性があった場合、それは面会交流をおこなううえでの重要な判断材料になります。実際に、裁判所は、子に何かしらの発達特性が認められる場合、面会交流を制限する審判を下しています。子の場合は調査するのに非監護親の場合は調査しない。これではもはや理屈が崩壊しています。子の学校に調査に出向けるのであれば、非監護親の勤務先に調査に出向くこともできるはずです。なぜ一方的に子ばかりを調査するのでしょうか。そのような穴だらけの調査で、面会交流実施の是非について有益なことがわかるはずがありません。

 

ようするに、今の家裁の考えでは、『非監護親に問題がない』ことが前提になっているのです。非監護親に問題があってもなくても調査されるは子です。学校のいじめ問題では、被害者のみならず加害者のことも調査するはずです。被害者のみを調査することは、さすがにおかしな話でしょう。しかし、家裁の実務はそんなところです。

 

私は、非監護親のことを調査するよう『(非監護親に対する)調査官調査を求める上申書』を提出しました。

(2頁下部に『資料』とありますが、資料の画像掲載は省略させていただきます)

 

結局、非監護親に対する調査がおこなわれることはありませんでした。面会交流できない原因が非監護親にあると主張しているのに、非監護親のことをいっさい調査しない、これでどのように直接交流の審判を下せるのか、理解に苦しみます。裁判官なりに、『目立った審判を書きたくない』という心情があったのかもしれません。そんな裁判官の自己中心的な欲求のツケをなぜ子供が背負わなければならないのでしょうか。子の福祉と言いながら、裁判官が考えていることは真逆のことです。もっとしっかり考えて仕事をしていただきたいものです。