「殺すぐらいなら殺されよう」
こんなポスターがネット上に現われ話題になりました。
参考URL
https://togetter.com/li/832535
これを謳った団体は実在しない偽団体だったようですし、
このアカウントも削除されたそうです。
しかし、この騒ぎを(偽団体とも知らず)鵜呑みにする
どころか、共感してしまった国民もいたのではないで
しょうか。
主義、主張は個人の自由。
かつ、いまはネットの時代。偽団体という点を除けば、
それはそれでひとつの主張でもありますから、
言論の自由を保証する日本としては仕方ないこと。
(私は絶対に認めない主張ですが)
ただ、この主張が出てくること、これを「正しい」と
思う日本人がいることは、日本が究極の個人主義に
陥る可能性がある、そんな思いがしました。
「殺すくらいなら...」は個人の意見ですよね。
国家として、国家をなくしてまで言っていい意見では
ありません。
また、家族、親族、親しい知人に対してまで、この意見を
貫き通せると言えるのでしょうか。
「(私が)人を殺すくらいなら、我が子が殺されても
仕方ない、我が子をも殺されよう。」
もし、そう言い切れるなら、親失格ですし、人間でもない。
これは、自分のこと以外は関知しないという、
究極ともいえる個人主義じゃないですか。
日本もここまで来たのか、と、ある意味、怖かった。
少なくとも、戦前までの日本には、この発想はない訳で、
そうでなければ「お国のため」に戦争には行けない。
おかしくなっていませんか?日本国民。