自分は政府や公安の関係者ではない。
一般人としてウェッブに参画をし、社会状況を感じ取るままに記している。
ときに自分の記録が、ウェッブ・サービス会社にとって不都合な面があるかもしれない。
しかしいくら不都合だからといって、自分の個人情報まであげつらわれてしまえば自分も引くに引けなくなる。
いま高市政権ではスパイ防止法の設立を急いでいる。
繰り返しになるが、自分は政府や公安の関係者ではない。
しかしスパイ防止法が設立をし、公安庁が拡大化されるような省庁が誕生をしたら、自分の被っている状況を文章にして送ろうと思う。
自分の被っている状況というのは、要するにリベラル村との応答である。
ウェッブ・サービス会社はリベラル村となって赤化をし、相応な諜報関係者の集団になっているのではないか?
なぜそう思うというと、繰り返しになるが自分の個人情報をあげつらうためである。
あなた方は冗談で言っていることだろう。
しかし自分は本気になっている。
ウェッブ・サービス会社=リベラル村という公式は意図的であって便宜的である。
しかしリベラル村=諜報関係者という公式を結ぶに当たって、相応な覚悟と試練を要求されることだろう。
リベラル村がまったくネット民の集合であり、犯罪に関与をしていない集団であることが判明をすれば、自分はおとなしく引き下がろう。
しかしウェッブ・サービス会社=諜報関係者という公式が成り立つ場合、相当な覚悟と試練を要求されるのは彼らだ。
むかし、諜報関係者というのは宇宙人や妖怪のような存在だった。
しかし東ドイツでは住人の十分の一が政府の情報屋だったという話である。
ジェームス・ボンドのようないかつい男前から、省庁の出向者に情報を提供するケチな見張り人までさまざまな諜報関係者が存在することだろう。
この時代は帝国主義的段階になってもプロレタリア革命が起こらずに情報産業の活発になった新自由主義的段階の社会だ。
帝国主義的段階では貨幣で貨幣を稼ぐ時代だが、新自由主義的段階では情報で貨幣を稼ぐ時代である。
リベラル村の住人はそうした情報社会に適応をした、諜報に関わり合いのある人間が含まれている。
自分は白黒をつけたい。
ただこれから成立をする新省庁へ提出をする文章を書く前に、自分で現状をどのように考えているのか、ウェッブに掲げたいと思うのである。
繰り返しになるが、自分の個人情報をあげつらう人間を、なんらかの諜報関係者であると判断するのは別におかしい話ではない。
かりに諜報関係者でないのなら、痛くない腹を探る点に関しては、後に謝罪の一言でも示そう。
しかし個人情報をどのようにして取得し、あたかも自分の関わり合いのある話題の場に放っておこうというのか、それは閲したいところだ。
繰り返しになるが、ウェッブ・サービス会社=諜報関係者という公式が成立をしたら、あなた方は覚悟と試練を要求される。
あなた方は冗談で言っていることだろう。
しかし自分は本気になっている。
個人情報に関しては、偶然ということもあるだろう。
痛くない腹を探ることに関して、後に謝罪をすることがあるかもしれない。
本気になった自分は、眼の前のリベラル村の動向にある種の既視感を感じた。
彼らは野球漫画を題材にし、社会の集団行動について論じている。
よく創作を題材にして社会の事柄を論じることができると思う。
褒めているのではない。
呆れているのだ。
プロ野球は要するに、西武の森ID野球で勝利の方程式が確認されたが、興行として面白みがなくなってしまった。
森ID野球は別めい管理野球であり、個性の発露が起こらないのである。
そこでプロ野球界はかつてのビッグ・ネームの再来を期待した。
王長島といったスーパー・スターを、この管理社会で再現するよう働きかけた。
そこで男性的で腕前もあった清原和博選手にスポット・ライトを集めた。
スポーツ報道で彼は番長と呼ばれ、本人も筋トレをしてムキムキのマッチョとなり、周囲の人間も盛んにかしずいた。
しかしそうしたスーパー・スターは周囲の期待という重圧に負け、薬物に手を出してしまった。
明日には紅顔有りて夕べには白骨となる。
昨日まで人気者だった清原選手は、警察に手入れを受けるとマスコミ総出でバッシングを受ける身分になった。
自分の知っている野球というのは、そういう生臭く迫力のあるものだ。
全員野球などと言ったところで、その理念を実行しても興行とはならない。
興行というのは強い関心をもってもらわなければならない。
方程式によって勝利の約束された管理野球は、世の歓心に当たらなかった。
参加を目的とするアマチュア・スポーツでいうところの全員野球であればなおさらだ。
Togetterのネット民は漫画を読んで社会を耕そうとしている。
自分が既視感を感じるというのは、あなた方のいう全員野球というのは、労働価値説を選択した社会のことなのではないかと思うのである。
つまり最初の言い分につながってくるが、Togetterのネット民は漫画を読んで野球を語っているが、本当に言いたいことは労働価値説に基づいた赤化社会の到来を寿ぎたいのではないか。
そういうところに諜報関係者の影を自分は幻視するものだ。
こうした全員参加型社会というのは、要するに20世紀の社会実験で失敗だったと烙印を押されたことであり、いい齢の日本語話者が知らないはずがない。
労働価値説は共産主義社会を現実的に運営する時の社会思想である。
まず自分たちの社会は欲望を肯定する社会だ。
みな平等だった農本主義社会が貨幣経済を取り入れて重農主義的段階となり、貨幣が偏在をして自由な思想を培ったために科学が生まれ、その科学を利用して重商主義的段階となった。
そして重商主義的段階において都市が発展をし、都市化された社会で自由を謳歌する人間の手によって自由主義的段階になり、科学はいよいよ発達をする。
しかしやがて自由であるために発展をする社会は、貨幣を獲得して辛うじて自由を得ることのできる人間が現れ、彼らは他者を労働者として拘束をするようになる。
そうして帝国主義的段階に上り詰めるが、マルクス主義ではそうした状況においてあたかも自動的に、労働者はプロレタリア革命を起こして社会主義社会を設立する、とした。
そういう社会においては、欲望は止揚されたために貨幣は存在しなくなる。
そのため共産党の指導により、一方的に労働者の価値を決定するようになる。
そうした事柄に関与をするために、労働価値説は存在する。
今回のTogetterのネット民の言い分を眺めていると、自分はこの労働価値説を連想するのである。
ネット民の口からは出たわけではないが、全員野球の追求や、ブリリアント・ジャークを忌避するところを見ると、自分には赤化をしたネット民が書き込みに紛れていると思えてならないのである。
自分はTogetterのネット民の口ぶりから、彼らの思想を労働価値説的だと感じ取られた。
自分の個人情報があげつらわれている!
しかしそれは偶然かもしれない。
なおしかし現在のウェッブがどのような状況になっているか、自分のできる範囲で文章化をし、もし窓口が存在したら新省庁に送ろうと思う。
現状の日本経済は、新自由主義的段階もたけなわである。
資本収益率は経済成長率を上回って労働者の懐事情を補うには術がない。
しかし現状の日本社会で生きるに当たって理解しなければならないことは、資本収益率が経済成長率を上回り、労働者の実入りがいくらへろうとも、その打開策をプロレタリア革命に求めてしまうと、求めないよりもっと悪化するうということである。
自分たちは旧東側社会が如何に行き詰まった社会であったか、よく学んだはずである。
労働価値説よりは、欲望に忠実に生きたほうが徳性として優れている。
自分はTogetterのネット民の全員野球的な口ぶりに、労働価値説を投影した。
あの群像の中に目的意識をもって労働価値説を現実化させようとこころみる人間がなんにん存在するのか、まったくわからない。
資本収益率の高すぎることを是正しない社会主義化は要するにスターリニズムであり、国家資本主義化である。
国民を管理する目的で社会主義化を目的化するよりは、資本収益率が経済成長率を上回り続けたほうが無難であるし次善策だと思われる。
愚かだといわれようと欲望に忠実に生きることのできる社会に生まれたことを喜ぼう。
あなた方はみな水面下では知人同士であり、そうであれば自分はまったくの道化であるかもしれない。
しかし道化役として一心を精進し、この道を我が道として見定めて邁進する所存だ。
すでにユーモアの片端もなく、語るところは語り終えた残骸からの引くに過ぎない。
なおしかし文意を改めて行く先に、目的意識がぼんやりと脳裏に浮かんでは消えてゆく。
趣味で文化左翼をやっているようなネット民には、自分は厄介な人間であることだろう。
しかし仕事でウェッブに関わっているとなると、自分の言い分に一理が生まれてしまう。
ぜひとも自分に一理があるよう仕事に励もうと思う。
勝利に貢献のしないホームラン・バッターとして、これからもホーム・ベースの脇に立とうと思う。
たとえ利己主義と呼ばれようと、自分中心主義と侮られようと。
痛くない腹を探る分であれば、構うことはない。
ネット民は情報を収集してどこへ送っているか?
ときにあらわれる個人情報と思しき情報の出先は?
そこに犯罪の匂いがしてくる。
勝負の白黒をつけようではないか。
