初めのうちは、
「そんなことは有り得ない!」
などと文句を言いながら見ていたテレビドラマの「受験の神様」でした。
そのうち、放映される時間には年甲斐もなくテレビの前で“自縛霊”状態になっていたのです。
そして、この自縛から解放されたのがこのドラマが最終回を迎えた後でした。
このころには暗い事件が多く、“せめてこのドラマぐらいはオールハッピーエンドにして欲しい!”との願いも叶い、心底ほっとする最終回だったのです。
主人公の菅原道子が、最終回の1つ前の回でこんなことを言っていました。
「長い人生の中で、人に裏切られることは何度もあるけれど、学問には裏切られないのよ」
この言葉が今でもとても印象的に残っています。
受験の神様の『菅原道子』の名前は、“学問の神様”と言われる『菅原道真』からきていることは、歴史を学んだことがある人であればすぐに気付くはずですね。
そして、わが家の家紋がこの菅原道真公を神様として祀る“梅鉢(うめばち)”で、子供の頃から天神様として慣れ親しんでいたことが、このドラマにのめり込んだ理由の一つだと思います。
菅原道真公が学問の神様と呼ばれたのは、朝廷の行った役人の登用試験の初の合格者で、その後右大臣にまで登りつめました。
後に、藤原氏の策略で九州の大宰府に移されてしまいましたが神の地位を得たのです。
死後天満宮が建てられ、そこに祀られて『天神様』になりました。
梅の花をこよなく愛し、
「東風(こち)吹かば においおこせよ梅の花 あるじなしとて 春な忘れそ」
という歌を詠みました。
飛梅伝説のもとにもなったこの歌は、私の好きな歌の一つです。
子供の頃、雷などの天変地異がおこると、『くわばら、くわばら』と言って、家の中に逃げ込んだものです。
菅原道真公が追放された後の京の都では、大きな天変地異が幾度も起こったそうです。
ところが、道真公の住んでいた“桑原”という梅の木がたくさんある地域だけは、この災害から逃れることができたのだそうです。
このことから、京の都の人達はこの天変地異は道真公のうらみから起こされているものと信じていたのです。
そこで、この天変地異をさけるためのおまじないとして『くわばら、くわばら』が言われるようになったそうです。
とても多くの人々に尊敬されていたのですね。
学問も、自分のためだけじゃなくて、人のためにまで生かせるようになれば最高ですね。 〔 カーネル笠井 〕