アシナガバチの巣は、家の軒下など、何故か人の活動範囲内にもたくさんありました。

先の開いた釣り鐘のような形をした巣にはいつも多くの成虫が行き来していました。

そのために、近くを通る人との間にトラブルが発生することもしばしばあったのです。

 

ですから、子供達にとって、このアシナガバチの巣を落としてしまうことは有益で英雄的な事として受け止められていました。

長い棒を持って静かに巣に近づきます。

そして、棒の先で巣の上の細い部分をつついて巣を落とすのです。

おこった何匹ものアシナガバチが攻撃してくるのですが、全力で走って巣から50mも逃げると、それ以上は追ってこないので安心だったのです。

 

巣が地面に落ちると、それは天敵のかっこうの狙いとなってしまいます。

しばらくはその巣にしがみついていた成虫達もすぐにあきらめ、その巣から離れて新しい巣作りを始めます。

巣の中に残された幼虫は、スズメなどの小鳥やアリなどの天敵たちの、かっこうの御馳走になってしまうのです。

軒先の下のように上に覆いのある高い位置にあることや、人の活動範囲内にあることが多くの天敵たちから巣を守っていたのでしょうか。

 

ある日、私達は近所の家のブロック塀のすき間に、アシナガバチの巣を見つけました。

このころのブロック塀には、空気の流通を良くするためか、所々にブロックが抜けているすき間があったのです。

さっそく私達はそれを落としてしまおうと相談し、各々が長い棒を持って巣に近づきました。

最初に私が棒の先でつつくと、その巣をうまく落とすことができたのです。

それを確認するとすぐに、仲間と一緒に大あわてで逃げました。

そして、いつもよりも長い距離を逃げたので安心しているときでした。

何故か私の右手の甲に“チクッ”と痛みを感じたのです。

どうしたんだろうと振り向くと、一匹のアシナガバチが棒を持っている私の右手にくっついていたのです。

あわててそれを振りほどくと、ハチはすぐに逃げて行ってしまいました。

 

いつもよりも遠くまで逃げたはずなのにハチに刺されてしまった原因は、少し考えるとすぐにわかったのです。

それは、巣を落とした棒の先にそのハチがしがみ付いていて、少しずつ棒を持つ私の手元に移動し、そこで私の手を刺したのでした。

『何も考えないで、ただ本能的に行動しているだけ』

と見下していたアシナガバチに、こんな知恵があることに驚きました。

 

私たちはこの行動を、

“ハチの巣をうまく落とせるか、失敗してハチに刺されるか”

を競うゲームのように考えていました。

これまでは勝ち続けていたので、このときに初めてそのゲームに負ける経験をしたのです。

 

そのころは、アシナガバチに刺されても

『自分のオシッコをつけておけば、すぐ治ってしまう』

という変な言い伝えがあったように、放っておいても一日もすれば治ってしまう程度のものでした。

 

それまではハチとゲームをして遊んでいるような感覚でいました。

初めて負けたことで、単なる遊びにしてはお互いの勝ち負けの代償に差があり過ぎることに気が付いたのです。

こちらの代償はチクッとする痛みだけなのに対し、相手の代償は命がけで守っている巣が地面に落とされ、その中にいる幼虫たちが全滅してしまうことだったのです。

 

このとき以来、私たちはアシナガバチの巣を落とすのをやめました。

それが玄関のすぐ近くの軒下に作られていても、それを避けるしぐさをして通り過ぎればハチに襲われることはないこともわかったのです。

 

きっと、人にも頼って生活していることがアシナガバチにもわかっていたのではないかと思うのです。〔 カーネル笠井 〕