子供の頃のわが家では、うどんと言えば『 おしぼりうどん 』で、それ以外のうどんは食べたことがありませんでした。
それも夏場の昼食に限られていました。
おしぼりうどんと言うのは、ゆでたうどんを大根のしぼり汁にみそを溶かし、それをつけ汁として食べるものです。
うどんは、料理上手の祖母がその日の午前中に手打で作ります。
私達兄弟姉妹の役目は、祖母がうどんを打つかたわらで “オニグルミ” という硬いクルミを金づちで割り、白い中身を髪を止めるピンでほじくり出すことでした。
大根をおろし、それをきれいな布巾につつんで汁だけをしぼり出すのは母の仕事でした。
すりばちでクルミの実をすりつぶし、そこに大根のしぼり汁を入れて良く混ぜます。
それを各自に取り分け、自分の好みの味になるように信州みそを入れて味をつけるのです。
この味つけが子供の私達には中々難しかったのです。
みそが少ないと美味しくないし、多過ぎるとみその味ばかりになってしまいます。
うまく味がつくと、食欲のない夏場でもこしのあるのどごしの良いうどんがどんどん食べられるのでした。
クルミも、カシグルミ(ふつうのクルミ)だと味が落ちると言って、必ずオニグルミを使うのが祖母のこだわりでした。
このために、前年の秋に山で拾ってきたものがたくさん保管されていました。
これをおやつ代わりに勝手に食べてよくしかられたものです。
東京に出てきてからは、オニグルミが手に入らず、ピーナッツで代用していますが、これはこれでとても美味しく食べられるのです。
さらに、このおしぼりでそうめんを食べると、細い麺に味がよくからんでもっと美味しく食べられるように思います。
一人分の大根は、輪切りにしたもので5~6cmくらい、ピーナツは6~8つぶくらいです。
大人になって、この大根のおしぼりにクルミやピーナッツを入れるのはわが家だけの習慣であることを知りました。
長野県の千曲市には、「更科風」と言って、大根のしぼり汁にみそで味をつけたつけ汁でおそばを食べる習慣があることを友人から聞きました。
ところがわが家ではおしぼりを使うのはうどんだけで、それでそばを食べたことは一度もなかったのです。
千曲市は、平成15年に、更埴市(こうしょくし)と戸倉町、上山田町が合併して誕生しました。
日本一長い川の信濃川は、長野県内では千曲川と呼ばれています。
千曲川は戸倉町と上山田町の間を、また更埴市の前身である更級郡(さらしなぐん)と埴科郡(はにしなぐん)の間を流れています。
こんなことから千曲市の誕生は多くの若い市民の間で熱望されていたことを覚えています。
戸倉・上山田は昔からある温泉地で、多くのプロ野球選手などもシーズンオフのリハビリとして訪れていました。
そこで思い当たったのは、“更科風” と呼ぶのは、このおしぼりで更科そばを食べたことからきたのではないかということです。
そばのくさみの少ない更科そばであれば、このおしぼりでも美味しく食べられるのではないかと考えたからです。
うどんやそうめんがとても合うのですから、更科そばであればきっと良く合うはずだと思えるのです。
祖母が料理上手で何もかも一人でしてしまうため、その頃の母はあまり料理上手ではありませんでした。
そんな母が思いついた不思議な手打ちうどんの食べ方があります。
それは、冷たい牛乳に信州みそを入れて味をつけ、それをつけ汁としてうどんを食べる事です。
この食べ方は、他人に勧めてもたいていは気持ち悪がって口にしようとはしません。
しかし、子供の頃から食べ慣れている私の兄弟姉妹そして私の子供達は、何の抵抗もなく美味しく食べているのです。
みそで牛乳の生臭さがなくなり、みそと牛乳はとても相性が良いのです。
今年は早くから夏の暑さが続きそうです。
“食欲がなくなってきたな” と感じたら、是非このおしぼりうどんを試してみてはいかがでしょうか。 〔 カーネル笠井 〕