修養団 武田数宏所長『テレビ寺子屋』 | 歴史の散歩道~KANAのひとりごと

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歩いて発見した大好きな場所、出逢った人たち~

女優&カラーセラピスト・上級食育指導士として日本の歴史を創った偉人たち(史跡・神社寺院・老舗)を歩き感じたKANAの思いを綴ってみました♪

あなたへの、新たな発見&気づき&癒やしになれば嬉しいです♡

修養団 武田数宏所長から「テレビ寺子屋の放送日が決まりました」とメール頂きました💌
FB八木さんより💌

「おはようございます。
2月28日、肝心かなめの火曜日です。
  
二月は逃げる…とよく言いますが
@いう間の二月最終日!
  
今朝は早起きをして
修養団の武田館長の話を聴かせていただいた。
  
毎週早朝に、
もう2300回以上も放送されている
「テレビ寺子屋」。
中山靖雄先生をはじめとして
鈴木中人さん、大棟耕介さんなど
ご縁のある方も講師を務められている。
  
  
今朝の武田館長のお話は
「人それぞれに咲く」というタイトルで人との出会いが人生を創って行くという講演でした。
  
朝から泣かせて頂きました。
  
  
番組のHPに講演録がありましたので
ちょっと長いですが
シェアさせて頂きます。
  
以下転載
  
  
「人それぞれに咲く」
  
私たちは
両親や祖父母から受け継いだ命の
「縦糸」と
人との出会いで結ばれる
「横糸」で
人生を織り成しています。
  
  
【針は糸を導いて 着物を縫う 
されど 着物を縫うは 針にあらず 
糸なり】
  
  
針と同じように
裁縫で大切な役割を果たすのが
『しつけ糸』です。
  
縫い合わせる布がずれないように
仮止めをするときに使います。
  
  
私の母は和裁を教えていました。
昭和30年頃、
近所の娘さんたちが習いに来ていました。
この時、母は
「縫い物はもちろんだけど、
人として基本的なことを
教えているのよ」と
話していました。
  
    
『しつけ(躾)』という字は、 
身を美しくと書きます。
  
挨拶や立ち振る舞い、
料理や掃除の仕方を教えながら母は
「私はしつけ糸よ」と笑っていました。
  
  
様々な出会いの中で、
私にとって印象深い一日があります。
それは三重県伊賀市に行った時のことです。
ローカル線の列車に乗ると
モヒカン刈りの男性が座って眠っていました。
耳と鼻と口元にピアス、
そしてサングラスをかけた姿は、
パンクバンドのステージから
そのまま降りて来たかのようです。
  
近寄り難い印象でしたが、
車内を見渡しても
彼の隣の席しか空いていません。
眠っている彼を起こさないように
そっと荷物を棚に上げようとした時、
列車が動き出し私はバランスを崩して
彼の足を踏んでしまいました。
  
すぐに謝ると彼は「大丈夫です」と
答えてくれました。

気まずさもあって
隣に座って話しかけると、
彼は私の息子と同じ25歳。
音楽の話で盛り上がりました。
聞くと、
この先に実家があり両親を驚かせようと
ステージ衣装のまま来たそうです。
見た目とは違いとても気さくな好青年でした。
  
  
その後、ホテルに着いて
大浴場に行きました。
一人だけ先客がいます。
なんとなく話しかけたところ、
大阪から来た若い男性で、
岸和田で「だんじり」を曳いていると教えてくれました。
年齢は25歳、
これまた息子と一緒ということで
話が弾みました。
  
九州出身の彼は、高校を卒業した時に
勘当同然で家を飛び出し、
それきりだということです。
  
私は
「電話で声を聞かせてあげるだけでも
ご両親は喜ぶと思うよ」と
彼に言いました。
  
彼は黙ったまま私の背中を流してくれました。
  
翌朝、ロビーに彼の姿がありました。
名前と連絡先を書いたメモを受け取り、
私も名刺を渡しました。

それから1年以上たったある日、
携帯電話に覚えのない番号から
着信がありました。
「だんじり」の彼です。
彼はあの後、
実家に戻ったそうです。
そして結婚が決まったと
報告の電話をくれました。
  
さらに3年後、
奥さんと子どもを連れて伊勢に来てくれました。
立派な父親になっていました。
「あの時のひと言があったから
今の僕があります」
そう言ってくれた彼の言葉に
涙があふれて仕方ありませんでした。

偶然出会った息子と同じ年の二人の青年。
私の息子もきっとどこかで
誰かに育ててもらっているはずです。
 
 
【花それぞれ 人それぞれ 
それぞれに咲く】
  
  
人はそれぞれに出会いがあり、
人とのかかわりの中で
それぞれの役割があるのだと思います。
  
以上転載
  
次の武田館長の放送は
次々週(3月14日)とのことです。
ホワイトデーですね。
これも早起きして聴かないと……。」