「人口比感染」23区最少、江戸川区の下町モデル
新型コロナウイルスの感染者数が全国規模で拡大し続けている。政府は重症者が少ないことなどを理由に「4月の緊急事態宣言時とは異なる」と言うばかりで、安倍首相は記者会見すら行っていない。
【データ】新型コロナウイルス 国内の感染状況
感染が最も深刻な東京都では、1日当たりの感染者数が400人を超え、累計で1万3000人を超す感染者数を出した。7月の感染者数はなんと6466人だ。これまで最多だった4月の3748人を大きく上回り、7月分だけで累計数の約半数を占める異常事態になってきていることがわかる。
また8月1日時点での居住地別感染者数でみると、最多は新宿区で1929人。以下は、世田谷区1038人、中野区639人、港区598人、練馬区544人などとなっている。感染者数ゼロは、檜原村、奥多摩町、大島町、八丈町、青ヶ島村、神津島村、利島村、新島村、三宅村、小笠原村という状況だ。
■夜の街関連や会食が影響する
23区の7月1日時点での公表人口をベースに、10万人当たりの感染者数を算出した一覧表をご覧いただきたい。
人口10万人当たりの感染数が最大なのは、やはり新宿区で556.5人。繁華街・六本木やビジネス街・新橋を抱える港区が2番目に多く、若者が集まる渋谷区が3番目、新宿区に隣接している中野区が4番目、繁華街・池袋がある豊島区が5番目と続く。最近は家庭内感染が増えているというが、やはり、夜の街関連や会食などを通じた感染が多いことが背景にあると考えられる。
とくに新宿区の陽性率は極端に高い。東京都の陽性率は6.5%(7月31日の数値)だが、新宿区は桁が違い、30%超だ。
新宿区が公開している新宿区PCR検査スポット検査暫定値(職種別=7月1日から15日)によると、飲食業45.9% 無職・フリーター32.4% 会社員等18.5% 学生15.4%などで、全体の平均は32.0%と高い率になっている。
興味深いのは、江戸川区、葛飾区、大田区などは10万人当たり感染者数が少ないことだ。最少の江戸川区は53.8人で新宿区とは大きな差がある。同じ都区部でも感染リスクはこれだけ違うのだ。
では10万人当たりの感染者数を最少に抑えている江戸川区(人口約70万人)は、いったいどんな取り組みを行ってきたのか。医療支援、経済支援の主だった内容をまとめてみた。
■ドライブスルー方式PCR検査も
①ドライブスルー方式のPCR検査体制(4月導入※都内初)
②区立の宿泊施設を軽症者の療養施設として開放、民間ホテル借り上げ
③感染の疑いのある人すべての人にパルスオキシメーター(血中酸素濃度計)を貸与
④1000件以上の職員提案の中から、60項目のコロナ対策を実行
⑤特別定額給付金コールセンターを5月1日開設
⑥区独自の中小・零細事業者向け緊急融資
●ウイルス対策緊急融資(融資上限1000万円)斡旋額308億8365万円/件数:4081件
●固定費融資(融資上限300万円)斡旋額:6300万円/件数:21件(※いずれも7月22日時点)
⑦給付金(10万円)を区内で使おうキャンペーン
⑧医療従事者への支援、応援メッセージ、寄附など(寄附金2365万円)
さらに、第2波への備えとして小中学校の1学期給食費公費負担、1人1台のタブレット端末配備、医療機関の機器購入補助、医療専門職採用支援なども実施している。
感染拡大を最小限にとどめたという点では、「検査から療養まで、区が一貫して支援」のスタイルをいち早く構築したことがポイントだ。感染の疑いのある人にはまず、かかりつけ医や近くの診療所に電話やオンラインで相談してもらう。
医師の判断で検査が必要なケースは、ドライブスルー方式PCR検査センターで検査。採取した検体を東京都・民間検査機関・区独自の検査機関で検査、判定する。感染と診断された陽性者は、軽症者は区立ホテルや区が借り上げた区内のホテルで療養、中等症患者、重症患者は区内の8カ所の病院で入院治療というシステムだ。
ドライブスルー方式のPCR検査センターは4月22日に都内初の施設として開設し、1日当たり15件程度の検査を実施した。累計の検査数は538件に及ぶ(7月28日時点)。
自動車がないケースでは、飛沫感染防止車両で患者を搬送。区独自のPCR検査機関も4月に検査を始め、これまでに2383件実施してきた(7月28日時点)。都や民間機関で検査した場合は結果が出るまで3日程度かかるため、すべての対象者に肺の機能確認ができるパルスオキシメーター(血中酸素濃度計)を貸与し、急変に備えている。
■一連の体制を区内で完結させる
江戸川区は地元医師会と一体となり一連の体制を区内で完結することで、迅速な対応が取れたうえ、退院後のフォローも手厚くなったという。また、採取した検体を区独自の機関で検査した場合にはその日のうちに結果を出し、感染者の療養、入院がスムーズに実施できる効果がある。
こうした取り組みによって、感染者の早期発見や2次感染防止につながり、人口比での感染者数を23区中最少に抑えることができたようだ。
また、今回のコロナ禍では、自治体による情報公開のバラツキが目立っていた。東京都発表の公表数値のみの開示や区内の集計値の公表にとどまる区が多い中、江戸川区、葛飾区、足立区、墨田区、練馬区は患者の個別情報まで開示している。
江戸川区のサイトを見ると、1日ごとに区内の発生状況の数値を公表しているのに加え、感染者情報を年代、性別、発症日時、勤務地(区内・区外)などが記されている。これらは過去分もすべてチェックできるようになっている。
たとえば、8月1日は12人の感染者の情報が一覧表でアップされていた。
さらに、表外にはそれぞれの患者について、以下のようなチェック事項が記載されている。
「1番の患者:発症日以降の外出はありません。接触があった方は江戸川保健所が把握しています」
これらのデータを見れば、区民の関心も高まるだろうし、具体的な感染状況を知ることで冷静な判断材料を得ることができる。
■江戸川区の自殺者は4月はゼロ
区の取り組みに区民や区内の事業者も一体となって協力姿勢を見せてきた。その象徴が区民や事業者などからの募金や支援物資の数々だ。総額6165万円の寄附金(うち医療従事者応援寄附額は2365万円)、マスク33万枚、消毒液、携帯型自動翻訳機、飲料水、清掃ロボットなどが寄附された。
さまざまな取り組みは、感染拡大防止だけでなく、思わぬ副次効果をもたらした。新年度が始まる4月は、どの地域でも自殺者が年間でもっとも多い月である。江戸川区でも2017年は18人、2018年は13人、2019年は16人の自殺者があったが、今年はなんとゼロだった(5月は6人、6月は0人、7月は集計中)。
「専門家の方にお話を伺ったところ、災害時には気分が高揚して、一致団結して乗り越えようという気分になる。問題はこの先、反動が出るんじゃないかとお話されていました」。
6月30日に日本記者クラブで江戸川区のコロナ対応を講演した斉藤猛区長はこう言って気を引き締めていた。
江戸川区がいち早く独自の対応を取れたのは、斉藤区長が区の職員出身で、行政経験が豊富なうえ、住民のニーズを熟知していた点も大きいと思われる。
斉藤区長自身、先の講演での質疑応答でこう語っていた。
「行政上がりなので政治的な動きは苦手で地味なのかもしれない。区の仕事は、積み重ねていくと1371の仕事に分類されます。そのほとんどが地味でやって当たり前のことばかり。こういうことが起こらないと注目されない仕事ばかりです。行政経験を活かして区の職員全体で乗り越えていければと思っています。医療体制に関してはトップダウンで、生活支援に関しては現場の職員がよく知っているので、職員から提案してもらったところ1000を超えたということです。オール職員一体で何とかやりたい、というのが私の思いです」
■地域一体の感染対策がカギとなる
都内の感染者数が急増し始めた7月以降、江戸川区でも感染者が増加傾向にあり、感染経路も5割が不明という状況だ。区外飲食店での感染によって家族や職場に広がっているケースが見られるため、日中、都の中心部へ通勤・通学する区民に向けて、7月27日から区長をはじめ区の幹部が駅頭で感染防止を呼び掛けている。区のシンボルである「タワーホール船堀」のライトアップも開始した。
こうした区の姿勢を意気に感じた下町気質の住民たちが協力し、地域が一体となってコロナに立ち向かっている。国や都に依存するのではなく、地域コミュニティの中で行政と住民が手を携えて災禍に立ち向かっていく。
江戸川区は、そんなモデルを構築してるからこそ、感染拡大を防ぐことができているのではないだろうか。
