新しい年は誰にとって有意義となりえるのか? | 羅列される言葉はどの方向性に向かって飛んでゆくのかも見当もつかないまま書き綴られていく

新しい年は誰にとって有意義となりえるのか?

年末も差し迫ると、毎年思うことがある。


クリスマスがあってその年の終わりが近づき、正月があって新しい年が明ける。


世界各地で。


暦が違う国でもいずれは新しい年が明けるわけだが、地球の視点からしてみれば


新しいわけではない。ただ、いつもと同じ自転を繰り返し、太陽の周りを廻っている。


きっと地球という星自体がなくなるその日まで、変わらず廻っていくだろう。


時間的側面から見れば地球もオレ達と同じように劣化するわけだが、耐用年数が


桁違いだし、最後の日だなんて全く想像の範疇外である。


つまり、あくまで人間の意識の上でだけ新しい年が明ける。


地球からすれば何のことやらって話だ。


環境破壊やエコロジーが声高に叫ばれている。今、全人類に課せられた最重要項


目の一つとして。非常に大事であろう。


こんなにも地球規模で地球が注目されてるのは、もしかして人類史上初ってのも大


袈裟でもない話だと思う。


では地球ご本人はどう思ってるのか。


歴史学者たちや地質学などから、何度も地球規模で大きな環境の変化はあったとい


われているし、その度に生物が絶滅しているらしい。


だけど、地球は滅びていない。


おそらくあらゆる生物が絶滅したその日も、いつもと変わらず太陽の周りをゆるゆる


(実際は結構なスピードらしい)と廻っていたはずだ。ならば、今の環境の変化も地球


さんからしてみれば実は「あー、またかよ」程度だったりしないんだろうか。


ただし人間や、他の現在生きている生物には非常に稀有で喫緊の問題ではあるが。


なんか、この「母なる大地」は文字通り母親の愛情のように、この馬鹿げた地球いじ


めすら受け止めてしまうのでは?と思わず勘ぐってしまう。


オレが単なる捻くれ者なんだろうど。


今年もオレは楽観主義を遥か越えてしまう能天気さで新年を迎えようとしている。


地球もオレのように、能天気に新年迎えてくれたらちょっと安心できるんだけど。


「まぁ、今回は勘弁してやるよ」ぐらいの温かい愛情で。