もう7年かぁ。
カレンダーでは今年の3.11は
当時と同じ金曜日のはず。
ま、それはどーでもいいことですが、
当時、私は千葉県木更津市のとある学校で
授業中でした。
山奥のため、ちょっとの風で揺れるほどの
耐久性の建築レベルの学校。
ただこの日はいつものそれとは違ってた。
縦に揺れて、しかも、揺れ時間が長かった。
外の道路に立ってるのに、揺れを感じるほど。
その時点で停電。
街灯は全くつかず。信号機も。
車のライトが唯一の光。
辛うじて、月の光がちょっとだけ。
寮もある学校だが、電気がつかないため
ケータイの充電もできず。
近所のホテルで宿泊しようとぐるぐる回り、
やっと1件。
みんな、おんなじ考えだったんだなぁ。
やっと充電できたとたん、
電波もバリ3になって
どんどんメール受信通知が
ピンポーン、ピンポーン、……
姉から1件。
『地元で母が交通事故に遭い、
救急車で運ばれたと。
一命はとりとめたものの、
一生杖を必要とする生活になる』と。
当時は電車も動かず、高速も通行止めで
緊急帰宅もできない中、
翌昼にやっと高速が開通し
渋滞🚗🚗🚗⚡️の中、ゆっくり帰りながら
地元付近になれば、急いで母の入院先へ。
会話ができるのが、唯一ホッとしたとこ。
で母が開口一番
『この時間で良かったよぉ』
どゆこと?と問いかけると、
その数時間前に親父と加害者もいたみたいで
加害者の全く反省感なしに親父がぶちギレてた
と。
その話を聞いて、納得した。
僕もその現場にいたら、
僕が違う意味の加害者になってたかも。
しかも親の目の前で。
(母の心の声)
『あんたなら、やりかねんからね』
さすが、母は僕を唯一理解してる方。
母ちゃん、生きてて良かったよぉ😭
いまも杖を使いながらだが、母は健在。
そんな 3.11 でした。
僕にとって、3.11 は
違った意味で『特別な日』です!
#3.11
