さあ今日も、見えない世界から、魂の学習を進めましょう。

私たちがこの地上において、魂の学びを学ぶことが出来るのは、神による恩寵です。

私たちは肉体に宿ると同時に、過去世の記憶を失いますが、しかしそれは決して消えたものではない。魂の奥深くへと内蔵され、人生の重要な瞬間において、その宝が使われるのを、今か今かと待ち受けているのである。私たちの心の、表面意識の波動が静まり、一切の欲得から離れて清らかな状態になったときに、それは自ずと、思い出されて来るものである。

 今日は、あなたがこれから仕事をする上で、どのような態度で癒しというものに取り組んで行けば良いのか、これに対する重要な手がかりとなるお話を致しましょう。

 

 今を去ること約千五百年の昔。あなたはヒマラヤの麓近く、チベットのある村に、生を受けました。チベットでは季節が来るたびに、放牧を行わなければなりません。その為、厳しい季節が来る前に、部族諸共、移住をしなければなりません。とりわけ山羊の乳は、部族にとって、貴重な栄養源でありました。人間よりも、山羊の健康の状態の方が大切であったのです。この山羊は温度の変化に非常に敏感な動物であります。その為、それに合わせて、移住をしなければなりませんでした。これがチベットの民族に課せられた、いわば掟ともいうべきもの。

すべてがそういう有様でありましたから、農耕民族のようにのんびりと、ひとつの地域に居を構えるということは、叶わなかったのであります。当然それに合わせて、結婚というものも考えなければなりません。なるべく、多種多様な部族が一箇所に定住している間に、結婚相手を見つけなければならなかったのです。あなたもまた父の言いつけに従って、

「そろそろ、おまえも結婚相手を見つけなければならない。」

それまで、のんびりと生活をしておったあなたにとっては、寝耳に水のような話でありました。あなたも自分にぴったりの相手がいれば、いち早く結婚しようとは思っておりましたが、しかしなかなか、気が進みませんでした。これについては様々な理由がありました。しかし、中でも一番大きな理由は、実は実の、兄の存在でありました。

 実の兄は、つまらぬことが原因となって、他の部族との間に諍いを起こしておりました。そしてそれが武力闘争にまで発展し、家族の命を守る為に、兄は勇敢に他部族と戦いました。ところが、戦いに出ている最中に、あなた方の家は、盗賊に襲われ、そして、家にあった財産を、ことごとく盗まれてしまったのであります。

 戦いに勝って意気揚々と帰ってきた。あなたの前に、うなだれている家族の姿を、兄は発見しました。兄は妹であるあなたに向かって尋ねました。

「何があったのだ。」

 父も母も病弱で、少し離れたところに、世話をする住居を造っておりました。そして飲み水を取りにいった隙に、家中の財産という財産を根こそぎ、盗賊に奪われてしまったのです。あなたは申し訳なさそうに、ゆっくりとその事情を説明致しました。すると兄は、烈火のごとく怒りました。最初はあなたのせいに致しましたが、やがて半狂乱の状態になって、山のあちこちを、盗賊を探しに出かけました。しかし、何日経っても、目当ての敵は見つかりませんでした。数日して帰ってきた兄は、頬がこけ、まったく別人のようになっていました。そして、水分不足の影響からでしょうか。兄は、廃人同然となってしまっていたのです。

 あなたは兄に対して、自分がちょっと目を離した隙に、盗賊に襲われたことから、負い目を感じてしまいました。兄をこのように狂わしてしまったのは、自分がきちんと家を守らなかったからだという自己責任の思いから、“私は一生、この兄を面倒見なければならない。というよりは、この兄の精神状態が完全に改善されるまでは、自分はおそらく、一生結婚は出来ないだろう。”心に誓ったのです。その為、何度も病弱な父母から、結婚を勧められましたが、何度も、

「でも、兄が・・・。」

と言って、うなだれたのです。

 どうしたら、この兄を救うことが出来るだろうか。

あなたは一生懸命、村長を訪ね、兄の心の病を治す為の薬草を聞いて歩きました。そして、言われた通りにそれを煎じて兄に飲ませました。しかし、もちろん、一向に回復の兆しは見えません。あなたは思いました。“自分のやり方のどこに間違いがあるというのか。こんなに一生懸命に、言われた通りに、薬草を煎じて献上しているのに、どうして兄上の病気は良くならないのだろうか”。心の中では、一刻も早く兄の病気が回復しなければ、自分は結婚することが出来ないのだと思うと、あせりました。

 それからも、あちこち、これが体に効くと聞けば、行者や仙人のような方を訪ね、薬を買い求めました。しかし、どれもこれも一向に効く気配が見えません。あなたは思いました。“ああ、婚期は遠のくばかりだ。一体私はどうすればいいのだ。”

 そして、ある日。あなたはとぼとぼと、ヒマラヤの麓を歩いておりました。ぼぅーっと湖を眺めておりますと、そのまま吸い込まれそうな気になります。“ああ、女として生まれてこなければよかった。女の幸せなど、一体どこにあるというのだろう。そしてまた、もしあの時盗賊が、家の財産を奪わなかったら。”そう思うと悔やまれて、いたしかたありませんでした。湖面に写る自分の姿を見つめます。一昨年よりも去年、去年よりも今年と、だんだん寂しそうになっていく自分の姿。“私はもともと不幸になる星のもとに生まれてきたのだろうか。それなら、まだほんのかすかに残っている幸せの光のあるうちに、この湖の中に溶け込んでしまったら、どんなに幸せだろう。” 

次第にあなたは、身を湖へと乗り出しました。

その時後ろで、優しい声が致しました。

「お嬢さん。どうされたか。」

ふと、あなたは振り向きました。そこには輝くばかりの光をたたえた、美しいオーラを放つ老人が立っておられました。チベットに伝わる偉大な聖者、ツォンカパであります。

「これはこれはカパ様。」

「どうされた。」

「私はこの世をはかなく嘆き、そしてこの美しい湖を見ておりますとこの中へ、吸い込まれそうになったのでございます。」

「そうか。わしにもし力になれるなら、そなたの事情をとくと話して聞かせなさい。」

そう促されてあなたは、今まで自分が、兄の看病の為にどれだけ尽くしたかを、泣きそうになりながら打ち明けました。

「そうか。よしよし。それならわしにひとつ妙案がある。やってみるかね。」

「はい。何でもおっしゃる通り、やってみとうございます。」

「よし。それならここにひとつ薬草がある。」

そう言われるとあなたは、少しがっかりしてしまった。

「薬草ですか。」

「どうした。」

「はい。今まで、山のように薬草という薬草を試してみましたが無駄でした。」

「そうか。しかしこの薬草は効くぞ。」

それはヒマラヤに伝わるエゾウコギの一種であります。そのエゾウコギの一種を、ツォンカパは差し出しました。

「これは――」

「どうした。」

「これは私が一番最初に試した薬草でございます。」

「それで。」

「やはり効きませんでした。」

「そうか。しかしこれは効く。」

「でも、今まで試しました。」

「いいか。」

「はい。」

「おまえはわしを疑わずに、ただただこれが効くと信じて、兄に煎じて飲ませなさい。」

「わかりました。」

そう言われてあなたは、ツォンカパが言われた通り、兄に服用させた。半信半疑であった。

三日目。驚くべきことが起きたのだ。

兄は、はっとわれに帰ったように元気になり、精神状態が一週間もすると、ついに健常者とまるでわからないまでに回復したではないか。

 あなたは驚いた。急いで、聖師ツォンカパのもとへと走って行った。

「ツォンカパ様。あなた様の言われた通り、兄上は完全に回復致しました。」

「それは良かったな。ではまた会おう。」

「ちょっとお待ちくださいませ。」

「何だね。」

「教えていただきたいのです。」

「何をだね。」

「何故効いたのでしょうか?」

「何故効いたか?」

「はい。私が一番最初に試した薬草、その時は効きませんでした。ところが最後に、尋ねて参りましたあなた様から、再び一番最初に用いた薬草の処方を教えられました。そしてそれは効いたのでございます。しかしそれは、一番最初に行った処方と、びた一文、変わりがございません。なのに何ゆえ最初の薬草は効かず、カパ様に教えられたときの薬草は効いたのか、合点がいかないのでございます。」

「そうか。よし。それならば、その秘密を教えてやろう。」

「お願い致しまする。」

「いいかね。この秘密はおまえが生まれ変わっても、人様に効くか効かないか。その差がいったいどこにあるか。その奥義を、おまえはやがてはっきりと何度かの生まれ変わりで、体得するようになるだろう。それまではおまえは意味がわからぬかもしれぬ。しかし今おまえの熱心な求道心に応えておまえに教えて進ぜよう。」

「カパ様、お願い致しまする。」

 

こうしてカパが教えた、癒しの奥義とは––––––––––––

 

「カンリンよ。」

「はい。」

「何故、最初におまえが用いた薬草が効かなかったか。」

「はい。」

「それはこういうことだ。おまえは兄の病気に接したときに、これは元々兄上の性格がもたらした不幸だろうか。それとも前世のカルマであろうか。あるいは私の不注意が起こした人為的なミスであろうかと思って迷うたろ。」

「迷いました。」

「その迷いの心が奇跡の力を封印したのじゃ。しかし、最後におまえが私のもとに来たとき、もはや理性の剣を振り回す余裕はおまえには無かった。おまえはまさしく、人生のどん底にあって追い詰められておった。追い詰められたときに、もはや小ざかしい理屈はどうでも良くなったであろう。」

「確かにおっしゃる通りでございます。」

「よいか。おまえのその時の気持ちは、ただただ一心に、兄の病気を救いたい慈悲心の塊であったはずじゃ。おまえは様々な薬草を尋ね回っておる間に、おまえは慈悲心に覆いをかぶせ、理性のごちゃごちゃとした雑念や知識、覆いかぶされてしまったのじゃ。奇跡というものはな、ただただ一心に治したい一心になったときにのみ、行われるものじゃ。おまえが今から様々な人生経験を積んでたとえ賢くなったとしても、それは大きな幹から見れば枝葉に過ぎぬ。これからも、ただただ純粋に、当の人間を治して差し上げんとする慈悲心一直線に生きるが良い。慈悲を柱とし、理知は二の次に考えなされ。おまえが、人を癒す力を失ったのは、理知に走り、理屈に走り、人と己を差別する差別心に、己の心をかき乱されたからじゃ。おまえは、人をただただ一心に救わんとする慈悲の心をいつ失ったのじゃ。仏というものはな、理屈ではないのじゃ。ただただ一心に救わんとする、偉大な慈悲心以外の何者でもない。能力でもなければ、知恵でも知識でもない。小ざかしいものに囚われていては奇跡は起きなくなるのじゃ。わかったか。」

こう言うとな、偉大なツォンカパは、眩いばかりの七色の光を肉体から発したと思うや、たちまち虚空に姿を消した。

よいか。ツォンカパは今も、自在に肉体を空中に出したり消したりできる。そのツォンカパがこの場にいて、おまえに説法しておる。人は道を学べば学ぶほど、知識に騙され、力に溺れる。しかし、その根にあるものは、慈悲心のみだ。枝葉に囚われるならば、雑念に囚われる。雑念に囚われても、力は失せる。このこと、とくと覚えておくが良い。

 

偉大なイエスの弟子パウロも同じことを言った。

「愛の無い知識は虚しい。愛の無い超能力は虚しい。」

根本は愛である。とくと、覚えておけ。

死ぬまで人を癒す力を失いたくなければ、この、愛から離れてはならぬ。

慈悲から離れては、ならぬ。慈悲の心、思い出せ。さすれば、力が消えることは無い。

それを求めるものも、後が耐えることも無い。

 

ツォンカパ。そなたに感謝する。

一心に、ただただ一心に、ただただ、純粋に、救わんと思え。

この心、失うなかれ。

 

良いな。これが聖者の境地だ。

 

 

よろしい。息を吸って。ゆっくり吐く。

ホワイトブラザーフット 聖白色同朋諸君 諸君に感謝する

ホワイト ブラザー フット

 

 

 

アカシックレコード書記官