少し想像してみてください。五、六歳くらいの男の子や女の子たちが、広場で遊んでいる。最初は無心に、時間の経つのも忘れて遊ぶ。それでも容赦なく時間は過ぎて行く。ふと見ると、真っ赤な夕日が西の空に沈んでいくところだった。少年のひとりが、

海岸(かいがん)(べり)に行ってみよう。」

みんなに声をかけ、君もその中の一人だ。みんなと一緒に連れ立って、海岸縁に行く。

夕日は真っ赤な茜色になって、海の水平線の彼方を照らしている。昇る朝日もいいが、沈む夕日もまた、心引かれるものがある。ふいにみんなが、黙り込んだ。美しいなんていうもんじゃない。見ると、お互いの顔がみんな真っ赤に輝いている。水平線の彼方、赤というよりは、金色になったり、橙色になったり、キラキラキラキラ輝いていた。その海の向こうから、手前の海岸まで、見るも美しい黄金の絨毯が、続いている。少年の一人がふと立ち上がると、リーダー格が驚いて尋ねる。

「何するんだ?」

「今なら、あの絨毯の上を夕日に向って歩いて行けそうじゃないか。」

「バカなことを言うなよ。歩いて行ける訳ないじゃないか。」

ゆっくりゆっくり、沈んでいくんだ。

ここはどこだろう?

ふと君は我に帰るのだ。するとその集団から離れて、上からその集団を見下ろしている自分に気がつくのだ。

ここは、ある霊界なんだ。地上で生きている時に、自分で夢をつかみ損ねたと思っている人を、途中までうまくいったが、なかなか道が開けず、次々出現する壁にぶつかって挫折した人、そんな人たちがもう一度、人生を考え直すために集まる霊界があるんだ。

君はその住人達の気持ちを、体験する為に、さっきからこの霊界に来ている。

夕日の茜色は、希望に満ちながら、朝日とは違って、滅んでいく切なさ、つかみ所の無い、夢や情熱を表している。それでも海岸縁に走って行ったということは、それでも夢を捨てきれず、不完全ながらも、生きているときに何事かに、チャレンジした魂の集まりだということを表している。彼らはこの霊界に来て、何故あの時自分があきらめたのか、人生の意味を探る為に、その意味に気がつくまでこの霊界にとどまるのだ。夕日は沈んでは、またしばらくすると同じように、沈み始める。何度も何度も。気がつくと、途方も無い年月が、経ってるんだ。

よく見ると、気がつくとリーダー格の少年が、ボロボロと男泣きに泣いている。肩を震わせて。君はその少年に聞くんだ。

「そもそもあなたは大人だったのに、何故少年の格好をしているのか?」

それは、一生、子供のように純粋な気持ちで生きたことを表しているんだ。だからここは地獄ではない。君はリーダー格の少年に尋ねる。

「一体何が悲しくて、ボロボロ泣いてるんですか?」

「だって、僕は今でもあの夕日のようになりたい。なりたいのにどうして沈んでくんだろう?ここから見ると、手の届きそうな所にあるんだ。あの絨毯にしても、僕を手招きしているようじゃないか。それなのに歩けば、ずぶずぶ海に沈んで行くんだ。それがわかっていながら、何度も何度もこの海岸縁に引き寄せられ、何度も何度も、ただ眺めているだけ。あんな風になりたいと思いながら、ただ眺めているだけなんだ。その自分の無力さと、どうしてなれないんだという悔しさと、そんな気持ちが入り混じって、泣くんだと思います。」

男に限らず、女性にもあるかもしれない。夢をあきらめて結婚し、子育てが一段落して、再び三度(みたび)自分の夢にチャレンジするんだ。果たしてそれが叶うかどうかもわからない。

二度も三度もあきらめようとした。それでもあきらめることは出来なかったんだ。そうなると、その人はこう思う。“きっとこれは天命なんじゃないか?”でも方法論がわからぬのだ。肉体は年を取っていくばかりだ。かといってそれほど自分は器用ではない。そんな、たくさんの人々が陥りがちな、心の空白。何者も埋め合わすことが出来ない、心の憧れと、自分の前に立ち塞がる、能力の壁だ。夢があって能力があれば、その夢を容易に叶えることが出来るかもしれない。夢があって能力が無い。そんな自分が苦しく、切なくて、死ぬとたちまちこの、茜色の霊界に来て、そして自分の人生の意味を尋ねるのだ。

君は今日、彼らの気持ちを理解しなければならぬ。そうすることによって、どうしたら彼らを助けることが出来るか、わかるからだ。よく見るのだ。彼らを。

私は、こういう光景を、何千年、何万年も見てきたのだ。だからわかるのだ。彼らの切なさと、やるせなさ。夢があるってどんなに素晴らしいことか。しかし、能力と年令の壁が、その人間に自然の残酷さを知る。多くの人々が、それを誤魔化すように、酒を飲み、タバコをふかし、ゴルフをし、人生の時間をやり過ごす。自分を騙し騙し、死んで行くんだ。でも、魂は知っている。神は我々の魂の前に、我々の心の姿を突きつける。

君は、それでもどうして言葉をかけていいかわからない。やむなくリーダー格の背中を撫ぜる。言葉が見つかるまで。君も祈りながら、背中を撫でてやるんだ。さあ、発見するんだ。彼らの魂の出口を。

何故繰り返し、沈む夕焼けが出てくるんだろう?

夕焼けが沈んだ後、ほんのつかの間、星が姿を現す。君はその星を指差す。

「夕日が沈んでも、一番星があるよ。あの星のようにはなりたくないの?」

するとリーダーがこう言うんだ。

「冗談じゃないよ。夕日と違って、あんなちっぽけな存在になりたくない。僕はやっぱり、太陽になりたいんだ!たとえそれが一番星であっても、星になるために、命かけてきたんじゃないんだ。」

さあ、答えを見つけたまえ。どうしたら、ここから脱却出来る?どうしたら、めそめそと、何万年も夢を追いかけながら、挫折する定めから抜け出ることが出来るのか?

見つけるんだ、答えを。見つからなければ、夕日に祈れ。

「夕日さん。あなたに憧れて、何人もの命が散って行ったんです。あなたに憧れて、あなたのようになれるのは、何万分の一の確率でしょうか?」

祈るのだ。切羽詰ったら、祈るしかない。

目の前に救おうとして、救ってあげたい人がいて、その人を救ってあげることが出来ない時は、君は自分の限界に直面していることを表すんだ。その限界を超えるには、やっぱり命がけで祈るしかないんだよ。命がけで生きてきた彼らの答えを、やっぱり我々も命がけで答えるしかない。

君は祈る。命をかけて。

最初は自分もその答えを知りたいと思って、祈る。だが、答えは与えられぬ。

やむなく、何とかこのリーダーを助けて欲しいと、いや、自分の命を削ってでも助けてやりたいと思う。何とか助けてやりたい。君は懸命にそう思って祈る。助けてやりたい。

どのぐらい時間がたったのだろう。ふと目を開けると、するとな、リーダーが君を拝んでいるが、見えてくるんだ。

「何故あなたは私を拝むのですか?」

「これは失礼しました。私には、あなたが夕日に見えました。」

「ええ?」

「何故夕日に見えたんでしょうか?あなたは何か特別なことをなさったのですか?」

「何もしてません。」

「では何故夕日になったんですか?」

「私はただ、自分に出来ること、あなたにしてあげられることを、精一杯しようと思っただけです。」

するとな、長い長い眠りからリーダーがやっと()めるのだ。

「わかりました。私は長い間夕日にこう祈っていたのです。何か今自分が持っていない、とてつもない能力が欲しいと。でもそれでは、いつまでたっても夕日にはなれませんでした。自分が今持っていないものを探したって、答えは出てきはしませんよね。私が今持っているもので、与えられるものを一生懸命考えます。」

そうやってな、リーダーも夕日になってったんだ。

夕日が沈んでくところに、その魂の離陸地点があった。

夕日が、何もかも見放して沈んでいくように見えたとき、夕日はこうやって教えてたんだ。

 

“あなたにも人に与えられるものがあるはずだ。何故それを見ようとしないのか?

このままいつまでも私がおまえの側にいたら、おまえはいつまでも私を見る。

だから沈んでいくのだ。”

 

運命や、環境が自分を見捨てたように見える時は、実は、神に一番近いときなのだ。

何かを(あらた)に得ようとする必要は無い。この世で何かを成し遂げるのは、本当は資格も、人の推薦も不必要なのだ。お前が今持っているもので、人に与えるものを与える。

それを気づかせる為に、運命や環境はな、そっぽを向いたように、手の平を返すのだ。

甘えん坊の人間の魂はいつもこう思うのだ。

“追い風が吹いたら何かやろう”と。

そんなものは吹きやしないんだよ。自分が進もうとする勇気が、唯一の追い風なのに、海岸縁に座って、自分を海の向こうへと追いやる。追い風を待ち続けるのだ。

風は自ら作れ!道無き道を行くんだろ。道なんか、見えなくて当たり前じゃないか。

さあ、進むぞと決意さえすれば、次の瞬間道が出来る。

この地球に降りた魂は皆、意志の力を試されているのだ。

この地球を守る、地球霊王サナートクメラは、意志の神だ。

思ったその時が、立ち上がる時だ。

運命に見放され、人に見放され、環境から追放されたその時は、君という飛行機が、大空へ舞い上がる離陸地点なのだ。空へ上がれ。目線を上げよ。人生という、景色。その見える景色が全く違って見える。大きな夢を持て。そしてその夢を実現する追い風は、己が吹かす。いつの時代もそうなんだ。

私の言霊から、この活動的な力を得る。風を吹かす。海を二つに割れ。そして、大空へ舞い上がれ。海を渡れ。空を飛ぶ。大空を回転し、宇宙の広がりを、体で実感するのだ。

この広がりと、無限の自由どうの中で発走せよ。

茜色の霊界に、諸君達霊魂は何年もとどまってはならぬ。

この私の話が聞こえたら、諸君らは、青空の霊界へと移行せよ。

過去を振り返るな。運命の痛手も、心の傷も、心の苦しみも、それは諸君らの魂を、磨き、鍛えた、神の慈愛なんだ。

いいか。これは人々の孤独を救う、力だ。

人はどこからでも離陸出来る。

人生のどの時期、この地球のどの場所にあっても、救いを得ることが出来る。

よし、今日は君に、魂の活動力について、学んでもらった。

よしゆっくり息を吸って。ゆっくり吐く。ゆっくり息を吸って。ゆっくり吐く。

 

 

 

 

アカシックレコード書記官