2009.01.24 氾雀 慈しみの心
わたくしたちは、この世に生を受けておるときは、肉体の内側から外側を見ます。
しかし、あなたの本質は肉体とは別の次元にあって、日々の時間の流れを違う角度から眺めております。違う角度、それは肉体の寿命を超えたとてつもないスケールの長い時の流れの中で、己自身を見つめておるということです。
人は創造神の源より分かれ、はじめは無力な魂として様々な経験を繰り返します。そして、やがて再び創造神との絆を取り戻し、大いなる魂となって創造の源へと帰っていくのです。そのためには、わたくしたちには豊富な人生体験が必要です。頭で知っていることと、体で感じることとの間には雲泥の差があるからです。
人生は思ったが出来なかったこと、思ってもいなかったが出来ること。この二つの驚きがわたくしたちの心を大いなるものに目を開かせるのです。思っていることと、成すこと、
出来ることの間には、人間の思考を超えた大きな隔たりが存在します。
成すこと、出来ることが何であるのか。その中から自分の本質を探っていく。これこそ人間の輪廻転生のしくみにほかなりません。
今日はあなたの長い輪廻転生の旅路の中で頭で思ったのではない、体を通し肉体を通して悟った、ひとつの気づきをお話しいたしましょう。
遠き古の昔、唐という時代が中国にございました。この時代はわりかし中央集権国家として政権が安定しておりました。そのため、国民の関心はひたすら己の技量を磨いて、栄達の道を求める、この一点に心が定まっておったのであります。
そなたは比較的裕福な商売の家系に生まれたんです。父親は黄河流域でもたいそう大きな商いをしておりました。中国各地でとれた特産物を船便を使って遠方へと運ぶ、父親には動物的な感とでもいう才能がありました。どこへ行けば大きな利益が得られるか。あの広い国土の中で商いをするというのは、大変なことではございます。それを瞬時にして見分け、どこの特産物をどこへ売りさばけば大きな利益が得られるか。そなたの父親はその動物的な感によって、商いの幅を広げていったのでございます。
そなたの父親には二人の子供がおりました。そなたともう一人、たいそう聡明な兄でありました。兄は学識、人物ともに優れておりました。時代の先を読む能力に優れ、このままいけば間違いなく父親の家業を受け継ぐであろう、人々はそのように噂しておりました。
人を使う能力にも優れ、朝早くから夜遅くまで、人一倍重労働をこなしておりました。人物識見共に優れ、なおその上に勤勉実直であるとすれば、間違いなく跡取りは兄のはずでありました。
しかしその時そなたは思ったのであります。
“わたくしもまた父親の仕事の跡を継いでみたいものだ。いや、女のこのわたくしがこのようなことを考えるのは不謹慎であろうか。女は愛する人のもとに嫁ぎ、その人を陰から支えていくのがわたくしの生きる道ではあるまいか。もしやわたくしの心の中には、兄に取って代わろうなどという、不謹慎な思いが潜んでいるのであろうか。だとすればこれは、忠孝の道、親子兄弟仲むつまじく暮らすという、人の道に反する大罪ではあるまいか。いけない、いけない。わたくしは少し思い上がっているのではないか。わたくしも父親の跡を継いで商いを大きくしたいなどという気持ち、これは破り捨てなければならない己の野心なんだ。”
そう思って自分に言い聞かせました。
もちろん周囲も、“おまえもそろそろ年頃だ。良い人をみつけてやらねばならぬな。”そのように言われておりましたから、商いばかり関心が向く、自分にはどこか心の欠陥があるのだと思っておりました。しかし、そう思えば思うほど、結婚よりも仕事の方に関心が向くそなたでした
“おかしい。わたくしは普通の人間とは異なるのだろうか。どうしてこれほどまでに仕事に執着を持つのだろう。いけない、いけない。わたくしの心にはどこか欠陥があるのだろうか。”
そう思って自分を抑えようとすればするほど、ますます心は仕事へ仕事へと関心が向くのでありました。
ある日のこと、そんな素振りを母親が察したのです。母親はそなたを呼んで申しました。
「これ、氾雀よ。そなた何か心に悩みがあるに違いない。この母に打ち明けてみる気にはなれないか。」
そう問い詰められてそなたはもじもじと致しました。
いったいこのようなことを母上に申し上げたら、どれほど母上が苦しまれ、わたくしのことで悩まれるだろうかと思うと、口に出すのが怖かったのであります。いい人間でありたい。いい子供でありたい。そう思えば思うほど、葛藤が生じました。しかし、考えても考えても、自分もいつか父親のように生き生きと仕事をしてみたいという気持ちのが強いことは事実でございました。この思いを父親に打ち明けたなら、おそらく、あの真面目な父親のこと、激怒して、おまえは女の道をなんと心得るかと、とわたくしをたいそう叱られるであろう。もしかしたら、この家を追放されるかもしれない。それであれば自分の胸の内を打ち明けるのは母親以外にありえない。そう心を定めたのであります。
こうしてそなたは恐る恐る母親に自分の胸の内を打ち明けること致しました。
「お母様。こんな話を申し上げたらきっと驚かれるかと思います。」
「いえいえ、決して驚きませんよ。氾雀。そなたの心をしっかりとお話ししなさい。」
「母上。わたくしはもしかしたら女ではないかもしれません。」
「どういうことですか。身も心も女ではありませんか。」
「いえ、誠の女性(にょしょう)なれば、いまどき愛する人のことばかりを考えております。」
「そうではないのですか?」
「そうではありません。」
「というと?」
「わたくしには悩みがあります。」
「悩み?」
「わたくしは人一倍負けん気が強いようです。」
「負けん気。誰に負けたくないのですか。」
「兄です。」
「兄?」
「はい。学識、識見、実力ともに誰が見ても兄上の方がわたくしより上。従って、この家の家業の跡取りは兄上と誰が見ても決まっております。しかし・・・。」
「しかし何ですか?」
「どうしてもあきらめられないのです。わたくしも父親の家業を継いで、もっと大きな商いをしてみたいという気持が日ごと日ごとに強まるのです。おかあさん、わたくしは異常でしょうか。」
その話を聞いたとき、母親は半ばあきれたような放心状態の顔でそなたを見つめた。
「おまえまさか・・・」
「そうです。結婚には興味がありません。」
「結婚には興味がないのかい?子供を生みたくないのかい?」
「子供は確かに欲しいです。でも仕事の方がもっと好きなんです。」
「そうかい。」
「お母様。わたくしを叱ってください。親不孝なこのわたくしを叱ってくださいませ。」
きっと激しい雷のような叱責が自分の頭上に落ちるかと待ち構えておった。ところが、ややあって。
「やっぱりそうかい。」
「えっ。」
「思ったとおりだねぇ。」
「とおっしゃしますと?」
「おまえがこの数年ずぅっと物思いにふけっていることは父親も知っていた。あの聡明なおまえの父親は私にこう言うんだよ。“お母さん。氾雀はきっと結婚には興味が無いに違いない。”最初は私はそれを信じることができなかった。でも、尊敬するお父さんのことだ。間違いは無いのだろうな。そう思っていたんだよ。でも父親はね、こういうんだよ。
“そのことをこちら方で問い詰めたら、あの子は自殺するか家を飛び出してしまう。もう少し自分の考えがまとまるまで、待ってやろうではないか。”私はそれでも反対したんだよ。でも長い目で見たら、あの子はきっと不幸になります。やはり結婚するのが幸せと私が説得してみましょうかと言うとお父さんはね“いやいや。子供は親の思い通りになる物ではない。親にできるのは、子供の邪魔をしてやらないことだけだよ。あの子が商売や仕事に関心が向くのは、天がそのようにあの子を産んだからだ。”だから今日おまえが胸の内をそうやって打ち明けてくれたとしても、もっともなことだな、あらためてお父さんは偉い、お母さんはそう思ったんだよ。」
それから数日して親子三人で話し合いの場を持った。
「そうか。お母さんから聞いたよ。おまえにそのような思いがあるのなら、とことんまで試してみなさい。よかろう。代々男子に跡を継がせる風習があったが、もしおまえの方がふさわしいとなれば、おまえか兄か、いずれかに家督を譲る。」
「本当ですか?」
「本当だ。」
こうしてそなたは燃ゆるように仕事に打ち込んだんだ。そして兄と自分を比べてみてこう思った。兄に比べてわたくしに足りないのは実行力だ。商いを広げるにはもう少し範囲を広げなければいけない。
こうして通常の男でも一ヶ月はかかる旅に出ることにした。
「お父さん。ハンナンという方向に向かって旅に出ます。どうか半年経っても帰らなければ死んだものと思って下さい。」
父親はじぃっと腕組みをして
「よかろう。行ってきなさい。」
こうしてそなたは困難な旅に出たのだ。
黄河流域を船で下り、さらに南へ南へと旅に出た。険しい険しい旅であった。
そなたは何件か注文をまとめると、急いで国許に帰ろうとしたんだ。ところが、明日がいよいよ船に乗って帰れるという日、何十年に一度という大雨がその地方を襲った。そなたは足止めをくらってしまった。
“しまった。今ここで帰らなければ、大事な商品が水の泡になってしまう。”
そなたはあせった。何日も黄河の流域に足を運んで、今か今かとその時を待った。しかし、一向に晴れる気配がなかった。それどころか、河はますます増水し、その場にいることすら困難になった。村人は口々に言った。
「おまえさん、何しにここにいるんだ。今に河が氾濫して、このあたりは水浸しになってしまう。みんな山へ山へと避難しているんだ。おまえさんも荷物を捨てて逃げな。」
「わたくしにとって、命よりも大切な荷物です。」
「馬鹿なこというんじゃない。荷物が一度や二度流されたって、おまえさんの命はまだまだ今から使えるんだ。さあ、皆と一緒に山へ逃げなされ。」
ぐずぐずしていると、屈強な村の若者に突き飛ばされた。
「何をぐずぐず考え込んでるんだ。さあ、山へ逃げるんだ。」
こうしてなかば強制的に荷物を捨てて、山へと避難した。
半月たってやっと洪水がおさまった。黄河の流域に戻ってみると、案の定自分の荷物は跡形も無くなっていた。そなたは呆然として立ち尽くした。
「負けた・・・」
すると、そなたを助けてくれた若者が訊ねた。
「何に負けたんだ。」
「全てです。」
「あぁ、この洪水のことか。この洪水に負けるのは一度や二度じゃないよ。大きな洪水は何十年に一回しかこないが、小さな洪水ならしょっちゅうやってくる。なぁに、一度や二度負けたって、へこたれるんじゃないよ。」
「違うんです。」
「何が違うんだ。」
「兄上に負けました。」
「兄上?」
こうしてその屈強な若者とその晩、語りあうことになった。
「そうか。それでおまえさん、家業を継ぐことが出来ないと。兄に負けた。そう思って失意のどん底にいなさる。」
「兄に負けたのではないかもしれません。」
「じゃあ、何に負けたんだ。」
「天命です。運命に負けたんです。」
「へぇ。運命に勝ったり負けたりするもんかね。」
「違うんですか。」
「俺は確かに学問も何にも無い。だが、天命っていうのは一体全体、戦うものなのかい?自分の運命に逆らって生きて、それで幸せになれるのかい?」
「じゃあどうしろというんですか。」
「わからない。わからないが、流されたんなら、流されたふうに生きてみるしかねえ。
この黄河流域の住民はなぁ、みんなそんな人生哲学を持っているよ。おまえさんのように、闇雲に、このようになりたいと思って突っ走るような人間は、海や河には向いていないんだ。そんなことは山の住民の考える考え方だな。」
「流されてみるって、どうすればいいんですか。」
「いいかい、おまえさんが運命を思いのままにコントロールしようとしているのは、きっと運命が自分の外にあると思っているからだろ。外から降って湧いたように、おまえさんを押し流した。おまえさんは、そう思ってなさる。」
「違うんですか?」
「あの黄河を小さな船で横切ってみな。あの河の波を自分の思い通りになんかできやしない。大きな波が一発バサーッときたら、自分の心も体も一発でその方向に流されてしまうのさ。運命もそんなもんだと思うぞ。おまえさんの外にあるんじゃなくて、おまえさんの内も外もそっくりそのまま巻き込んで流れていくのが、運命とか天命とかいうものだよ。」
「だったらどうしろと。」
「流されたんなら、足止めくらって故郷に帰れねえんなら、とことん流されてしまったらどうだ。そのうち運命がおまえさんをどっちの方向に運ぼうとしているか、見えてくるかもしれねえぜ。」
「どこまで流されていくかわからないのに、そんなあてもない旅をわたくしにしろとおっしゃいますか。」
「ははぁ。おまえさん、あれかい?目標をきちんと定めていれば、その方向に人生が流れていくと、そう思って生きてこられたんだ。」
「違うんですか?」
「頭のいい連中はみんなそう考える癖があるな。ところがな、黄河流域に住んでいる俺たちの考え方は違うんだ。一度洪水が来れば、汗水流して耕した畑も土地も、全部無くなってしまう。その都度もう一回やり直すのさ。」
「何の苦しみもないのですか?」
「それが運命なら、その中に喜びを見つけるしかないじゃないか。失ったものをあれこれ数えて、悲しいだの苦しいだの言ってる暇ないんだ。」
「どうすればいいんだろう。」
「わかんねえけど、はっきり言えるのはここしばらくは、おまえさんは国許へは帰れねえっていうことだ。この洪水の有様、船便も何もかもすっかり途絶えちまって、これが元通りになるには半年やそこらはかかるだろう。堤防の工事から、人夫の手配から、そりゃあ大変なのさ。いいかい。俺たちの人生哲学は単純よ。なるようにしかならねえって。」
「わたし・・・そんな・・・無目的な人生嫌です。」
「嫌ですと言ったって、そうなってるんだろ。」
「わたし、結果がはっきりしてないと、命をかける気になれないんです。」
「結果はないんだ。先も見えない。流されるしかねえじゃないか。」
「どうすればいいんでしょう?教えてください。」
「さあな。そうだな、俺の友だちに漢方の先生がいる。」
「漢方?」
「そうだ。おまえさんも、ここ数週間の洪水で身も心も疲れたろ。その人にまずは身体を癒してもらったらどうかな。」
「身体を癒すことと商売の間に、どういう関係があるんですか?」
「すぐまたそう短絡的に考える。そこがおまえさんの欠点かもしれねえよ。自分が求めたものがすぐに得られないと、一切が無駄と感じてしまう。知識人やインテリがかかる心の病だな。」
「やっぱり病気でしょうか。」
「病気がどうかは知らない。でも、おまえさんが疲れていることは事実だ。」
「わかりました。是非治療を受けさせてください。」
こうして、そなたは友人の漢方医の手当てを受けることになった。
そなたは、みるみる健康を回復した。そしてある日、その漢方医はそなたに言った。
「どうだい。どっちみちしばらく国許には帰れねえんだ。おまえさん、人の身体を癒す漢方医学を勉強してみる気にはならないか?」
そなたは愕然としたんだ。本来ならば、こんなことをしている暇はなかった。漢方の勉強をするくらいなら、商売の勉強をしたい。その方が自分の目的に対しては結果が早く出る。しかし、ここ数ヶ月の間に、すっかり人生観が変わってしまった。
「わかりました。教えてください。」
こうして、そなたはその漢方医のもとで、脈のとりかた、薬の煎じ方など、様々なことを習得していった。時折国許のことを思い出しては、いったい何をしているのか、自分自身に歯がゆさを感じた。しかし、その都度心を思い直した。
“いけない、いけない。また、自分の目的に執着する癖が、頭をもたげてしまった。この場は与えられた環境や運命に甘んじて、すっかり流されてしまおう。”
と、自分に何度も言い聞かせた。
やがて、その漢方医からすっかり人の身体を癒す方法を学んだ。そんな時だった。
「おまえさん、国許に帰りたいって言っていたな。」
「はい。」
「やっと船便が整備されたそうだ。そろそろ旅立ったらどうだ。」
「わたし、このままこの地に骨を埋めてしまおうかと思っています。」
「いけない、いけない。国許ではおまえさんのことを心配しているよ。」
「でももう今時帰ったところで、わたくしは何の用にもたたないでしょう。商売には機先を制するという考え方がございます。人より一歩先に一歩先に動かなければ、商売の道は学べません。きっと国許では、あの子は商売をあきらめたに違いない、と噂しているでしょう。どんな災難に出会っても機先を制して、一歩先一歩先を考えて行動する人だけが、国許の家業を継げるのです。商売とはそのようなものなんです。」
「そうか。おまえさんの親父さんも結構堅苦しい生き方をしているんだね。それが本当かどうかはともかく、おまえさんは帰るべきだよ。」
「どうしてそうわかるんですか。どうしてこの場にいちゃいけないんですか。」
「晴れたからよ。天候が晴れた。船は動く。だから帰るんだ。」
「たったそれだけですか?」
「それだけだ。」
「何か深い意味があるんでしょうか。今がチャンスだとか。」
「それそれ。インテリや知識人は、またそこへ深い意味を求めて、人生をあれこれと複雑なものにしてしまうんだ。だからチャンスを失うんだよ。晴れたから帰る。それでいいじゃないか。」
そう言われてそなたは暗い気持ちで、国許へ帰っていった。
きっと今頃は兄上が士気をとっているだろうと思い、我が家に帰った。
「帰りました。」
ところが家の中はしーんとしておった。一体そなたのいない間に何が起きたのであろうか?父親の住んでいる離れへと行った。
「お父様。不束者の娘がただいま帰りました。この半年間、遊んで暮らしておりました。親不孝者です。」
しかし、それでも返事が無かったんだ。そなたは不安になって、
「失礼致します。」
父親の部屋を開けた。みると、そこには親族一同が集まっておった。そしてその場には医者がいた。
「どうされたのですか!父親は!」
聞くと、
「心臓発作で倒れて三月になっている。おまえの身を案じて、毎日夜も寝られぬ日が続き、ある晩お倒れになった。医者に聞くと、ここ四、五日が山であろうとのことであった。そしてもはや助からぬかもしれぬ。」
その時そなたの心でいち早く計算が働いた。
“やはりそうなれば、兄上が跡を継がれる。親の死に目にも会えなかった。なんとわたくしの人生は不運続きであろうか。やることなすことが、どうしてこうも裏目にでるのであろう。人生とはこのように不条理なものなのだろうか。やはりあの、黄河流域で教わった、明るく単純な人生哲学は無力だったではないか。何としてでも、無理をしてでも、なぜ国許に帰れなかった。跡を継げなかったばかりか、父親も失うはめになるとは。ほらみろ。やっぱり人生は複雑ではないか。”
そう思いながら、しかし、別な考えが浮かんだ。
“そうだ。わたしは漢方の勉強をしてきた。”
「わたくしに治療させてください。」
「何を言うんだ。商売しか知らぬおまえに、何が出来る。」
「商売しか知りませんでした。しかしこの半年の間に、人を治す医学を学んできました。」
親戚一同は首をかしげた。
「おまえに治せるかな?」
しかし、母親だけはおまえを信じた。
「氾雀。やってみなさい。」
それから三日というもの食事もとらず、夜も寝ず、必死で父親を看病した。
医者が予告した四日の朝が来た。ここで目を開けなければ、そのまま息絶えるであろう。意識朦朧として、父親の脈をとりつつ、そなたはふと気が遠くなった。夢を見ていた。
どこか遠くへ船に乗って、商いをどんどんと広げていく自分の夢だ。そしてその時、
「氾雀・・・・・氾雀・・・・・」
苦しい病床にあった父親が声をかけた。そなたはその声にはっとして、
「お父様。不束者の娘、ただいま帰りましたでございます。」
「おお、氾雀か。心配しておった。」
父親はよろよろとしながら起き上がりかけた。
「いけません。急に起き上がっては。心の病は身体を上に持ち上げるときこそ、息を吸ってゆっくり吐いて、そして起き上がってください。」
「こうか。」
「そうです。」
「心の病は肺からくるといわれております。」
こうしてそなたは、気付け薬を父親に差し出した。物音に驚いた親族が、どんどんと部屋に入ってきた。
「おお、目を覚まされたか!」
「おお、奇跡じゃ!」
「氾雀が治したそうな。」
「氾雀が・・・そうか。」
「やはり黄河流域の漢方は優れておるのぅ。薬草が違うと聞くぞ。そうか、見たことも無い薬草を持ち帰った。商品の代わりにな。」
「はい。商品は全て水に流されましたが、このようにりっぱな薬品を持って帰りました。」
「そうか。」
それから一週間して、父親はすっかり健康を取り戻したのだ。
そして、兄とそなたが父親のもとに呼ばれた。
「このたびは氾雀の懸命な治療によって、わしはこのように一命をとりとめた。しかしここ数日、わしは心に期するものがあった。わしがこのように一命をとりとめたのは、さらに長生きするためではあるまい。天命はわしにこう言っておる。そろそろ後継者を定めなければならぬ。」
「はい。」「はい。」
「そこでだ。」
兄は当然自分が指名されるものと思っておった。しかし、苦しい息のもとで父親は言った。
「氾雀。そちが跡を継ぐのじゃ。」
兄上は驚いた。
「なぜですか!」
父親はゆっくりと話しました。
「わしは間違うておった。わしは商売を大きくするコツは、朝早くから夜遅くまで、機先を制していち早く人の先手をとり、そして働きに働くことこそ、その商売の神髄だと思っておった。しかし、ここ数日でわしに何が欠けておったかを思い当たったのじゃ。商いの本質とは何か。人に先んじることではあるまい。かえって民の悩みに耳を傾け、そして民の暮らしがどこに苦しみをかかえておるか。商いとは人を癒す道に通じるものではないか。人を癒す医療の本質と、商いの道がひとつであると、わしはここ数日で悟りを開いた。わしが今まで力押しに力押しをして、商売を広げてきた。わしの跡を継いでさらに商いの基礎を固める人間は、わしと同じことをしてはならぬのじゃ。このようにしてこそ、家業というものは、後継者に受け継がれてゆく。一代でことをなした人間は、二代目にややもすれば同じことを要求してしまう。しかしそれがすべての誤りじゃ。それによって、すべての商いは三代で途絶えてしまう。なぜ三代で途絶えてしまうのか、わしはここ数日ではっきりと知ったのじゃ。一代目が二代目に、自分がしてきたこととまったく同じことを要求するから、三代で力が絶えてしまうとな。氾雀よ。」
「はい。」
「わしは力で生きてきた。これからは力で生きてはならぬ。あたかも医術の達人が病に苦しむ人間の、その苦しみを取り除いてやろうという慈しみの心を持って、これからは取引先がどこに苦しみを抱えておられるか、その苦しみを取り除いて差し上げよう。そのためには、どのような商いをしなければならぬかと考えてもらいたいのじゃ。これこそが、仕事を後継者に譲り渡す時の心構えと、わしは最後の悟りを開いた。」
「はい。」
「力の次は慈しみであるとな。氾雀。後を頼むぞ。」
こうして、それから三週間して偉大な父はこの世を去った。
われらがこの世において人生が思うように開けぬ。ある程度は満たされ、幸せなのだが、何か心に満たされないものがあるときは、この話を思い出すがよかろう。
力、力で生きてはいないか。こうなったらよいのに、こうすればよいのにと思いが先行する姿は、力攻めの姿である。思いが先行して人生をリードしてゆくならば、いつかは壁に突き当たるもの。それはそのものの生き様が力押しに力押しして、力信仰に陥っているがゆえなのだ。
これからは人を癒す。どうすればパートナーの苦しみを、周りの人々の苦しみを、友人知人の苦しみを取り除けるか。この中に自己の思いを定めなされ。
さすれば、人生はもっと実り豊かなものとなるのだ。
今、この日本の世の中はバブルが崩壊し、世界もそうだと聞く。
人と比較して、外見的なものだけを追及した結果がそうなのだ。これからは人の苦しみにこころ開いて、周りの人々の苦しみをどうしたら取り除けるかと考える者が、再び繁栄の道を歩むであろう。このことは努努忘れてはならぬ。
今日はそなたの心に積まれた慈しみの心に焦点を当て、最初に申し上げたとおり、思っても見なかった展開をする、そのドラマの中でこそ、魂が悟る。その一ページを紐解いたのである。
ここまでは表のブログでも載せました。
ここから先は、こちらの裏ブログでのみアップしていこうと思っています。ムフフ。
アカシックレコード書記官