小学6年になった。
ピアノ歴6年、なんとか毎年予選は突破する、いわゆる常連さんになってきた頃。
予選は2ヶ所受けることが出来ると、やっと気がつき、隣県にもエントリーをした。
京都での本選が前期、後期と、2回行われることになったので、あわよくばと、取らぬ狸の皮算用。
しかも、その年は春に大阪でUSJがオープンし、遊びに行きたい親の希望で、なんとしても予選は勝ち抜きたい‼️という、まさに、親の念願‼️
親のためのコンペ参加とあいなった。
しかし、一度目の予選のモーツァルトで事件は起こった。
提示部を引き出して、展開部にも行かないところで演奏終了の鐘が鳴ったのだ。
首を傾げつつ仕方なく近現代を弾きだすも、あきらかに演奏時間が少なすぎる。
結果は賞には入ったものの、突破はできなかった。
鐘を鳴らしたのは審査委員長だったらしく、恩師がたいへん悔しがっておられた。
本人はその場では涙を見せなかったが、相当悔しかったらしく、一晩寝ないで学校に行った。
2回目の予選は見事な演奏をその時の審査員にお聴かせし、無事に突破した。
一度目の審査委員長とはその後何年もたってから、とあるコンクールで審査をして頂き、最高賞をつけて頂いた。
コンクールとは水もの。
分かってはいるものの、結果に一喜一憂してしまう、親の心の鍛錬が足りないこのを自覚した年となった。
さらに一歩ずつ、自分の足で立ち、歩き出そうとする子どもとの向き合い方を考える年となった。