病気の経験は強烈なものでした。
それはあまりにも鮮烈で一生消える事はないでしょう。
でも、大分癒えてはいるようです。

僕の場合なのですが、脳の伝達物質を制御する能力が低いようです。
だから、ある程度興奮状態になると、オーバードライブ。クラッシュ。
車で言うと、ブレーキがききづらい状態でしょうか。

だから、調子が良すぎるのは赤信号。
良くないのは黄色信号。
たまに経験することのある、集中力が有る割にテンションが程よい状態が青信号。

まだまだ、これから修行したい部分が沢山です。

病気の経験をどうとらえるか?
一つ言えるのは、誰にもできない経験をさせてもらっているという事です。
もちろん、大きな意味で誰しもそうなのですが、僕の場合は人として至る事の出来る精神状態の幅を目一杯経験している心境です。
気分の波にしても、精神の不安定さにしても、半端ではありません。
だからこそ、見えてくるものもあるはずだと、じっと目をこらす、こころを落ち着かせる毎日です。

本質的な意味で、一人の人として、経験してきた事すべてが存在としての糧です。

となると、どんなに破滅的な病気に至り、苦しんだとしても、いつかはよりよい人間になれるはずという僕の信念は、病気を一方の面で肯定することになるのかもしれません。

やっぱり、苦しみという闇の深さは本当の幸せを教えてくれます。
言葉ではとても言い表せないけど、幸せは自分の内面からくる、ネガの部分を受け入れて、ポジに光を当てる事なのです。
完全なポジは、僕にとっては、脳内物質過多の快楽にすぎないし、ネガだけでは何も成り立ちません。

僕が今、一番やりたいことは、この病気になったから幸せを諦めるのではなく、この病気を胸に抱えたままだって幸せの意味を知る事、幸せを実践する事は可能だという証明です。

そのことに、残りの人生の全て、存在のすべてをかけていきたいと思います。