吉原の遊女・花扇の物語

春をひさぐ
 

 

 

愛する人に何を残しますか?

 

あなたの人生にとって重要な

その答えが

この物語の中にある

 

 

春をひさぐ⑦雪国へと

 

花扇との一夜から

数日が経っていた。

 

平次は

花扇の事で頭が一杯だった。

 

真に幸福になれない花扇が

哀れでならない。

 

なぜ、4つと言う幼子を

あんな場所に売り飛ばしたのだろう?

 

なぜ

わずかな金の為に、

愛すべき娘を騙したのだろう?

 

どれほど冷酷な親なのだろう?

 

そう思うと怒りが湧いてくる。

 

花扇の親に会ってみたい・・。

平次はそう思っていた。

 

しかし、

遊女たちは

自分の生まれを明かさない。

 

”ありんす”に代表される

遊郭(ゆうかく)のみで使われる里言葉は

地方の訛り(なまり)を隠し

遊女の素生をも隠す意味がある。

 

本人に直接、素生を聞く事も

遊郭では

御法度(ごはっと)なのだ。

 

見世の使いが

聞き耳を立てていないとも限らない。

 

どうする事も出来ない・・・。

 

そう思った平次だが、

ふと、

花扇が言っていた神社の名前が

記憶に蘇ってきた。

 

「あの神社の名前・・。

どこかで聞いた事がある・・。」

 

平次は記憶を辿っていき、

ようやく思い出した。

 

そうだ・・。

あれは20年近く前か・・・。

 

平次が親の仕事を手伝う様になった、

まだ若き頃に

親に連れられて行った村に、

そんな名前の神社があった。

 

そこで幼い子供達と

暇つぶしに遊んだことがある。

 

珍しい名前だったことと、

たくさんの子供達に

好かれたと言う経験から、

その神社の名が記憶に残っていたのだ。

 

もしかすると、

花扇はその辺りの生まれかもしれない。


しかし、そこは雪国。

冬になると雪が積もり、

外に出る事すら出来なくなる様な土地だ。

 

江戸からも

ずいぶん離れている。

 

果たして本当に

そんなところから

来たのだろうか・・?

 

そんな事を考えていると、

旅の途中で

父親が話してくれたことを思い出した。

 

「ここはな、雪国だから、

女の肌が白いって有名なんだ。

だから

女衒(ぜげん)と呼ばれる

女買いの奴らがよく来る。

女衒ってぇのは

ここで幼い女子を買って

吉原に高く売るのさ・・・。

あこぎな仕事さ・・。」

 

そうだ・・。

確かにそんなことを聞いた。

 

その時は興味が無かったが・・・。

 

やはり、花扇は

そこの生まれかもしれない。

 

それに、

あの時、神社で一緒に遊んだ

子供たちの中に、

2つか3つくらいの幼女が居た。

 

もしかしたら、

その子が花扇だったのかもしれない。

 

江戸の町では桜が咲いているんだ。

きっと、その場所ももう

雪は溶けているだろう。

 

そう思うと居てもたってもいられず

若い衆に店をまかせ

旅に出る事にした。

 

 

 

思いのほか、

その場所へは早く着いた。

 

そして、

平次の記憶にあった神社も

すぐに見つかった。

 

ここに来た20年前と

何も変わっていない。

 

あの時子供達と一緒に登った

柿の木もそのままだった。

 

 

平次は村人に尋ね回った。

 

今から20年くらい前に

4つくらいの娘を

女衒(ぜげん)に売った家はないか?

と。

 

数人に声を掛けたところで、

それらしき家を探し当てた。

 

神社から歩いてすぐのところだ。

 

今は老婆が

一人で暮らしているらしい。

 

なんでも、父親が大酒のみで

その日食うものの無いくらいに

貧困だったと言う。

 

その父は今から

10年以上も前に亡くなっている。

 

今は頑固な老婆が

ただ一人、

寂しく暮らしているのだと。

 

その老婆はかなりの気分屋なのか、

急に怒り出す癖があり

村人からは敬遠されていて

村八分に近い状態らしい。

 

平次はその家に着いた。

 

「ごめんよ・・。」

そう言って中に入ると、

すっかり腰が曲がった老婆が

足を引きずりながら出てきた。

 

やはり親子は似るものだ。

 

一目見て、

それが花扇の母であると分かった。

 

「これが、僅かな金の為に

娘を売った母親か・・。」

 

平次は腹底から噴き上がる

怒りを抑え、

冷静に話そうと努めた。

 

続く。