吉原の遊女・花扇の物語

春をひさぐ
 

 

 

愛する人に何を残しますか?

 

あなたの人生にとって重要な

その答えが

この物語の中にある

 

 

春をひさぐ⑤幸を拒む

 

花魁(おいらん)は

”座敷持ち”とも呼ばれていて、

女郎の中で上位に位置し、

三間続きの部屋が与えられている。

 

花魁と呼ばれない

他の女郎たちは、

自分の部屋すら与えられない。

 

客の相手をする時も、

大部屋で間仕切り一つで

事を行なわなければならないのだ。

 

そう言った意味では、

花扇は恵まれているのだが、

だからといって

花扇は、

自分が幸福だとは思えなかった。

 

 

 

花扇と平次は

三間続きの真ん中の部屋で、

幾重にも重ね敷かれた

高級な蒲団の上に居た。

 

「あちきぁ幸せになれん女・・。

せめて、

一時の夢を

見させておくんなまし・・。」

 

「幸せになれん?

なぜそんな事を言う?」

 

花扇と平次は

何度か枕を交わした仲だったが、

花扇が自分の事、

特に愚痴っぽい事を言うのを

初めて聞いた。

 

「あちきぁ

ほんに幸せになる事など

できぁせん・・。」

 

花扇がぼそりと呟く。

 

 

花扇が4つの時に遊郭(ここ)に

来た事は、

噂で聞いてはいたが、

やはり、それが原因で、

心に深い傷を負っているのか・・?

 

それとも、

客人を繋ぎとめる為の嘘なのか?

 

平次は

それが嘘だとは思えなかった。

 

親の愛情を受けて育つはずの

幼少期に、こんなところに

来させられたんだ。

 

傷を負っていない訳が無かろう。

 

 

 

しかし仮に・・・。

 

客を繋ぎとめる為の

嘘であったとしても、

構わないじゃないか・・・。

 

 

せめて一時・・。

 

この苦海にだって、

一時の楽園があったって

罰は当たらない・・。

 

 

 

平次は花扇を愛した。

 

露わになった花扇の白い素肌を、

丹念に丹念に愛した。

 

 

花扇はそれを

心から受け入れようとした。

 

桜色をした二つの突起に

触れるかと思えば、

その期待を裏切る様に

元の場所に帰っていく

平次の指先・・。

 

なんども・・。

 

なんども・・。

 

次第に花扇の情欲は

高まっていく。

 

花扇は自らの裸体を這う

平次の指先に夢中になった。

 

獲物にむしゃぶりつく獣の様な

本性が現れてくる。

 

花扇はそれに抗わなかった。

 

ただ ありのままに

襲ってくる快楽に身を委ねた。

 

やがて期待していたその場所に

平次の指先が触れると

花扇は悲鳴にも似た

雄叫びを上げた。

 

 

 

 

しかし、

楽園に昇り詰めた

次の瞬間、

何者かに

引きずり降ろされてしまった。

 

”まただ・・・。”

 

 

平次と枕を交わせば

身体は一瞬、

昇り詰める事が出来る。

 

でも、必ずすぐに

引きずり降ろされるのだ。

 

花扇は心の底から

幸福を味わう事が出来ない。

 

まるで心の中に、

幸福を拒む何者かが

住みついているかの様だった。

 

 

深い深い心の闇・・・。

 

真っ暗な井戸の底から、

噴きあがってくる

幸福への願望には、

汚らわしい何かが

こびりついている様な気がしてならない。

 

自分を売った親への恨み・・・。

自分を虐めた者達への怒り・・・。

 

そう言った、

様々な穢(けが)れが、

まとわりついてくる。

 

真っ黒な影となって、

幸福を願う気持ちに

まとわりついてくる。

 

そして声なき声を発するのだ。

 

”お前は親に裏切られた

不幸もの・・。

お前は幸せになど

なれるはずがない・・。”

と・・。

 

その声を聴くたび、

答えの出ない”思考”が

花扇の脳を駆け巡る。

 

「なぜ母は私を騙した?」

「なぜ母は私を売った?」

「なぜ母は私より金を選んだ?」

 

そんな思考が駆け巡り、

花扇を疲れさせる。

 

平次が果てるのと同時に、

花扇は

深い闇の中へ

引きずり込まれるようにして

眠ってしまった。

 

 

 

平次は

花扇の寝顔を見ながら思った。

 

「何とか救ってあげたい・・。」

と。

 

続く。