子ども達の笑顔はどこの国でも魅力的だと思う。


でも、彼らがいつも太陽のような笑顔でいるか・・といえば決してそうではない。

街で暮らす子、田舎で暮らす子、それぞれ生き方も私たちに対する接し方も違っていた。

でも、共通するのは、毎日をせいいっぱい生きざるを得ないということかもしれない。

まだ、小学生ぐらいの年代の子どもでさえ、一生懸命働いている。

もっと、幼い子の背にお人形を背負っているのかと思ったら、自分の半分ぐらいの大きさの赤ちゃんを背負い守をしていた。

日本の戦後すぐあるいは、戦前にの似た風景なのかもしれない。

彼らの働く姿事体に心がひどく動くことはさほどなかった。

幼くして働いていようと、身なりが貧しかろうと、その子の目に光がある子は生きる力に、彼らなりの希望に満ちているのかもしれない。
←田舎では、牛追い、羊追いをして働く子をよく見かける。


 あるマーケットで出会ったひとりの男の子。たぶん12~3歳だろうと思う。

彼は、ただ私を見つめるだけで、なにも目には表情がなかった。昔読んだ小説の中に「死んだ魚のような目」という表現があったけど、たぶん彼の目のような状態をさすのだと思う。

彼の目に宿るのは、「虚無」としかいいようがない。

「虚無」を宿す目が、まだ小さな子どもであるということにひどく私の心が揺さぶられた。


かって、戦場カメラマンの人の話を聞く機会があった。私がノンフィクションの番組の最期でよく耳にするナレーション

「悲惨な日々を通り抜けてきたこの国・・・でも子どもたちの明るい笑顔が未来」云々に関して彼に質問を投げかけた時、

彼曰く

「子どもたちは、いつも晴れやかな笑顔でいるわけじゃないよ。撮影隊なんかが来るということは、彼らにとって特別の日。だから、とびっきりの笑顔になったりするもんだよ」

という言葉を思いだした。


「虚無」の目をした少年は、今までどんな日常を過ごしてきたのだろう・・。かっても、今も彼には心やすげる居場所はないのだろうか・・・。いや、それ以前に満足な食にさえ恵まれないのかもしれない。

でも、彼は私たちにある子どもたちがするように、「お金」とさえ言わなかった。


忘れられない目というのは、いつもある。

エチオピアでは、その少年の目が一番忘れられそうにない。




靴磨きを仕事とする子どもたちは 都会に多い。たぶん10歳ぐらいだ と思うアブラハムくん。仕事のために5ヶ国語の挨拶を覚えたらしい。外国人の方がいいお金がとれるからと。