妹が脳内出血で倒れた。

以前から血圧が高く、それをひと一倍気にかけていた彼女なのだが、不運は突然やってきた。

幸い、いのちはとりとめたものの、言語の機能と右半身の機能がマヒをしたと聞いた。


正直、遠くに住み、年に一度程度しか会うことのない妹の状態を述べる彼女の夫の言葉は、

まるで、ドラマを見るように遠いことのように思えた。


そして、週末。

高齢の母のこともあり、京都へと赴いた。


ベッドに横たわる妹の顔は、どこか不健康な色をして、そしてはれぼったかった。

「わかる?」という言葉に彼女はうなづき、

「助かって良かったなあ。。。」と微笑む私に

「そやろか。。」と言葉を返した。


とりあえず、ジョジョに言葉は戻りつつあったが、思いと言葉がときにしてうまく重ならない。

適切な言葉が手繰れないもどかしさと悲しさ・・・。


まだ、53歳の彼女は、ベッドでほとんどのときを過ごすには、早過ぎる。

彼女の眠っている半身をマッサージしながら、

「きっと治るから・・・」と繰り返す私に、再び彼女は

「そやろか・・・」と半分無意識につぶやく。


その夜、NHKスペシャルで偶然放映された「リハビリ」の特集は、私達家族をずいぶん勇気づけてくれた。

そして、彼女は回復するだろうという確信さえいだかせてくれた。


それとともに、かって、私の年上の友人が話した言葉を思いだした。

「私たちの年代は、喪失の時なのよ」


言葉の意味として、そして友人の言おうということもわかった。

若さ、仕事、肉親、あるいは友人・・・年を重ねるともに失いゆくものが多くなる年代であるということだろう。


しかし、それは、私自身のものとして受け止めるには、まだ少し余裕があった。

だ・け・ど

今回の妹の病は、その事実を私につきつけたような気がする。


いままで、喪失は、つねに再生を伴ってきた。

でも、時とともに、再生なき喪失が増えゆくのかもしれない。


それでも、なお、その時々の暗闇のなかでも微かな夢や希望をだき続ける私でありたい・・と

今日、久方ぶりにおだやかな日差しの中を歩いたとき・・・思った。

妹も、昨日からリハビリをはじめたらしい。やる気いっぱいだと報告を甥から受けた。

秋には、妹の病で繰り越しになった旅に、母と3人で出かけたいと思う。