私達は毎日散歩に行った


カールとモモとは

真っ直ぐ海へ 山へ 湖へ 公園へと

車で出かける事もあったけど

もんぷとはふたりきりで

町内を5kmとか6kmとか

ひたすら歩いていた


コースは何通りもあって

それをその時の気分で決めていた


家を出てすぐに

まず3本の分かれ道がある


3本にはそれぞれ2本づつ分かれ道があり

またその2本の片方は3本に

もう片方は4本に道が分かれていた


こんな風になっているから

ちょっと組み合わせを変えるだけで

ほぼ毎日違うコースを歩く事が出来た


その日はグレイという犬の居る

家を通るコースだった

低いコンクリート塀の横まで来た


いつもなら通りすがり

塀の上からわずかに飛び出る

私の顔を見つけるや否や

くるくる回転しながら

ワンワンと吠えて大騒ぎする筈なのに


なぜかもんぷの気配を感じてもいない

匂いに気付いてもいないようで

ただ黙って犬小屋のそばで俯いていた


思わず私は塀に手をかけて

「グレイ!もんぷが来たよ!」

と大声で呼んでみた


ようやくこっちを向くとカッと目を見開いて

思い出したように吠えかかって来た

地面に食い込んだ杭を

引っこ抜いてしまうような勢いで

ドタバタと行ったり来たりした


そうそう、これがいつもの調子だ

その様子にちょっとホッとして

私達は急ぎ足でまた歩き出した


この子は「番犬」

きっとそういう使命を持って

吠えて拒んで

この家をずっと守って来たんだ 


それが人間が勝手に背負わせた

役割だったとしても


よくやったね えらいねって

頭を何度も撫でられたグレイの中で

責任感や使命感は

着実に育っていったんだと思う


だから当然私達にも

挨拶の代わりに吠えまくる


気安く近づく事なんて出来そうにないけど

この距離感こそが 私達の調和だった


だけど私が去り際にそっと振り返ると

やり切ったような 少し疲れたような姿で

いつも犬小屋へ戻って行くのが見えた



犬たちと暮らして居ると

何となくだけど いつもと違う、、

そういう違和感というのを

感じる事が出来るようになる

自分家の子でも よその家の子でも


それは体調だったり病気だったり

老いだったりの なにかのサインに他ならない


そして少し観察してみて

いつも通りに戻る子ども達を見て

今回は自分の気にしずきだった、と

心の底から安堵したりする


だけど私達が感じられるこの違和感は

「単に気のせい」という事は殆どない


「いつもと どこか おかしい」

これはとても大事な感覚だと思っている


何ともなかった、という答えが出るまで

なかなか気は抜けないけど

言葉を話さない子ども達からのシグナルだから

見逃してはならないと思っている


話が逸れてしまったけれど


グレイは私達と出会った時には既にシニアで

ゆっくりと老いの階段を降りている最中だった


だから徐々に耳も感覚も鈍くなっていった


それから何年か経って

いつもと同じように塀の横を通った

声をかけても出てこなくて

やけに辺りがしんと静まり返っている気がした


そっと小屋の前まで近づいて

それからそっと覗き込んでみた

グレイは安らかな顔をして

こちらに頭を向けて横になっていた


グレイ!


本当に眠っているみたいに

静かに穏やかに息を引き取っていた


驚いた私は慌てて玄関のチャイムを鳴らした

何度も鳴らした

でも誰の応答もなかった


それからグレイを撫でた

あたたかかった


まだあたたかいその体が

とってもとっても愛おしかった


ひとりで行っちゃったの?

だれもいなかったの?

そう声をかけたけど

周りにもどこにも乱れがなくて

きっと苦しまないで旅立てたんだなぁって

そう思えたらやっと泣けて来て


私は自分の着ていたスウェットを脱いで

グレイにかけてあげた


それから泣きながらもんちゃんと歩き出した


「天国行っちゃったね、グレイ…」


もんぷはその間ずっと

何も騒がないでそばにいてくれた


多分時間にしたら5分か10分だったけど

でもそのはじめからおわりまでの全てを

理解してるみたいだった


外飼いの犬との初めての別れだった


やすきち