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Life is like a boat

日々のつれづれとマクロビオティックと。

二歳の息子が肺炎寸前で入院していて、病室でこのブログを書いてます。

秋は肺・大腸の季節というけれど、それがまともに出た形。

食事がすべてではないけれど、先週から私の仕事がものすごく忙しくなり、帰宅時間がいつもより三時間遅くなり、子どもたちを長時間保育園に置いていたこと、玄米ご飯とお味噌汁や、秋のからだをいたわる野菜たちをお料理できなかったことが、一番の原因じゃないかと思っています。

週末はすでに38℃の熱があったのに、夫に預けて外出した私。
間が悪く、子どもたちを連れて食べ放題バイキングに行った夫。

熱があるから家で食べてね、の私のことばも、夫には響かなかったようです。

苦しそうにしている子どもの姿を見て、やっぱりしっかり私の作ったごはんを食べさせてあげたいと心底思います。

仕事をすることはもちろん今の状況では仕方のないことだけれど、せめてお弁当を持ち込めるような保育園に入れたかった。

それよりも、根本的に、都心で大きく稼いで大きく消費するよりも、生活の規模をもっと小さくしたい、という気持ちが大きいように思います。

夫とは、もっとしっかり話し合わなくてはいけないけれど、今はまるで方向性が違うようにも感じていて、難しいですね、夫婦って。

何十年か後に、義父母のようになくてはならない関係になれていたらいいな。

毎週末、ひとり時間をもらっているので、その時間を使って映画を見てきた。


『モンサントの不自然なたべもの』


見た後、すっきりする類の映画ではないし、

家族で見たいという風にも思えなかったけれど、


うーん。何ともいえない気持ちに。

事実を突きつけられたというか。


あ、やっぱりそうだよね、って。


宇宙、地球のめぐみである、その土地土地の自然なたべものを

守ろうとしている人々がいる事実には、とても勇気をもらえたのだけれど、


「この世界のほとんど全てが経済を、そしてアメリカを中心に回っているということ」


これは、果てしない事実だった。


そして、「部分しか見ていない社会」が浮き彫りになっていた。


モンサント社の遺伝子組み換え技術。


宇宙からいただいたいのちを、人間が経済のために変貌させてしまった。


一握りの人々の経済にとっての最適だったから。


バイオテクノロジーという、かっこいい言葉で、たくさんのドロドロしたものが渦巻いている。


日ごろから思っていることだけれど、


薬品業界だって、きっと完全に治す薬はつくらない。

文句を言われない程度にそこそこ効き目が感じられる薬を作るけど、完全には治さない。

だって、病人はいてもらわないと儲からないから。


マスコミだって、スポンサーからお金もらって放映してるから、

往々にしてそのスポンサーの意図が入っている。

○○が体にいいですよ、とか。


お医者さんだって、病人いなくなると困るから、

根本的な体質改善までは勧めない。

(真弓貞夫先生のところに行った時、あぁ、体質改善するとお医者さん儲からないんだなと思った)


遺伝子組み換えとか、栄養素表示とかって、部分最適なのかもしれないけど、

全体最適じゃない。


人間はロボットじゃない。

たんぱく質が足りないんじゃない?とか、

カルシウムは何グラム摂ればいい?とか。

そんなことって、ほんと、人間に必要な知識なの?


普通に生きることtって、そんな難しいことなのかな。


・・・


全体を見て、トータルでどう作用するのか。


その視点なくして、幸せな社会は築けないと思う。


久司先生も、単身アメリカにわたり、「世界を変えるにはアメリカから」と活動を始められたという。


私も、世界を変える一粒の種になりたい。

最近はまっていること。シンプル料理。


シンプルな料理ほど、手を加えないで、でも気をかけることが大切なんだなぁと思う。


例えば玉ねぎの丸ごと味噌スープ。


Life is like a boat


これは、玉ねぎに切れ目を入れて、お味噌を塗って、水を注いでコトコト煮るだけ。


これだけなのだけど、その時々によって全然違う味になる。


玉ねぎの大きさとか、切れ目の入れ方とかだけじゃなくて、

水の注ぎ方ひとつでも違う味になる。


焦って作るのか、それとも本当に穏やかな気持ちで作るのか。


素材の育った環境や、その作り手の”気”。


それを丸ごといただくのが、シンプル料理なんじゃないかと思う。


マクロビオティックを知って一番感動したのは、


同じ食材でも、たとえマクロでは勧められないような食材であっても、


「育てられ方、切り方、火の入れ方、食べ方」


それらで全く違うものになるということ。


桜沢先生のおっしゃるところの、「宇宙の法則」ということになるのだろうと思う。


マクロビオティックは哲学的でさえある。そんなところがすごく好き。

マクロビオティックをはじめて2年弱。


パンがやめられなかった私は、いつの間にかその「やめられない」から解放され自由になっていた。


私のマクロビオティックの究極のゴールは、「真の自由」を手に入れること。


食べずにはいられない、

怒らずにはいられない、


など、不自由な状態から解放されること。


だから、


お肉を食べない、

牛乳を飲まない、

お砂糖を使わない、


それらが目的ではない。


そのことが、とても腑に落ちていて、最近マクロビオティックが楽しかった。

単なる「玄米菜食」ではない、「マクロビオティック」という自由を手に入れた気がしていた。


でもひとつだけ、せずにはおれなかったことがあった。


家族に対する、とくに子どもに対する「管理」


これを食べたらお腹こわすかも・・・

放射能があるかも・・・


そんな恐れから、ついつい、子どもたちの食事を「管理」しようとしていた。


でも、今日、すっごく大切なことに気づかされた。


「体はすぐに回復するけど、

心のトラウマは回復にものすごく時間がかかるか、回復しないんだ」ってこと。


私が知らず知らず、意識的または無意識に

子どもたちに与えていた、たべものに対する「善悪」みたいなもの。


それらは、子どもたちのこころに「トラウマ」となって蓄積していくことになる。


私が出来ることは、

たべものを、ありがたい、いのちとしていただくこと、

おいしいね、って家族や友達と共感できるこころ、コミュニケーションの力を育ててあげること。


震災後、やっぱり放射能がとても怖くて、ついつい追い詰めてしまっていた。

自分も子どもたちも。

そのことに今気づいて本当に良かった。


マクロビオティックが人生の全てなのではなく、

一番大切なことって、

人と関わりながら生きていく力をつけることなんだと思うから。


マクロはすごく好きだから、私はマクロビオティックとともに生きていくと思うけれど、

私は私の人生を生きるしかない。


子どもたちの代わりも、夫の代わりもできないのだから。

小さい頃からずっと疑問に思っていたことがあった。

牛乳について。


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私の祖母の実家は酪農家で、私は毎年夏休みになると長期で酪農の手伝いをしていた。


朝早くから、牛舎を掃除して、サイロに行き、えさやりをして、乳搾りをする。


たくさんの牛が、搾乳機につながれて、規則正しい音を立てながらお乳を出していた。


なぜ、牛は乳が出るのか。


私も子どもを産んで分かったのだけど、

妊娠しないと母乳は出ない。


牛も妊娠していた。


いや、正確には


妊娠させられていた。


牛舎にはもちろん、牝牛しかいない。


妊娠しようがないので、人工的に受精させる。


牝牛は、大きくなるお腹を抱えながらも一生懸命毎日乳を出す。


そして臨月。


牛の出産にも何度も立ち会ったのだけれど、

もうそれはそれは命がけで、お産をする。


人間もそうだけど、牛だって、お腹の中ではぐくんだ命を

この世に生み出すため、白目をむいて、うめき声を上げながら、

命がけでお産をするのだ。


そして、子牛が生まれる。


わらで体を拭かれた子牛は、生まれてすぐに自分の足で立つ。


子牛は、幼かった私にとって宝物のようにかわいくて、

出産の後は興奮で寝付けないほどだった。


次の日からは、子牛のお世話が始まる。

私の出番だ。毎日の乳やりは私の仕事だった。


毎朝、お母さん牛から絞った新鮮な牛乳を、

それはそれは美味しそうな音を立てながら飲む。


私にとって、とても幸せで、今でもほほえましくなるほど

鮮明に記憶に残っている。


けれど、1週間後、子牛を迎えにトラックがやってくる。


子牛は、オスだった。


ドナドナ、という歌を知らない人はいないだろう。


そう、売られていったのだ。


幼かった私にとって、子牛との幸せな日々を奪われる、

毎回悲しい気持ちになる出来事だった。


子牛を市場に出された母牛は、それでもせっせと乳を出し続ける。

乳が出なくなりそうになると、また、人工的に妊娠させられる。


乳牛の一生は、その繰り返しなのだ。

私は幼かったけれど、そのことに、絶望感を持っていた。


あれから二十数年が経ち、私は確信を持って言える。


今日出回っている多くの牛乳は、

牛の、自然な形での、神聖な、妊娠、出産、子育てというライフサイクルが、

人間様の為に、全く無視され破壊されて搾り取られているものだと。


文字通りの「搾取」。


もちろん、今でも自然な形での牛乳が、数少ないけれど存在するだろう。


でも、牛の乳は、今スーパーやコンビニで売られているほど安いことは決してない。

1パック198円ということはない。

19800円でも安いくらいだと思う。


その低価格は、牛の犠牲の上に成り立っている。


私たちは気づく時に来たのではないか。


牛乳さえ飲んでいれば、という刷り込みから解放されるべきではないか。


私は子どものころ、もう一生分というほどの牛乳を飲んできたけれど、

そしてそれは私の体の一部になっているけれど、

牛たちからもらった命をかけて、

これからは、幼い頃私が持った違和感を、

確信に変えて、人に伝えていく仕事がしたい。


神聖な牛の営みを、取り戻せるような日が来るように。

今日、ふと気づいたこと。

それは、人は皆、死に向かっているということ。

ネガティブな意味ではなくて、でも、生まれ落ちたその日から、ひとつとして同じいのちはなくて、でもみんな、少しずつ死に向かっている。


だから、私は自分の生まれてきた意味を果たせるような人生にしたいな、と思う。


マクロビオティックを大きな軸にして、困っている人を助けるような、そんなことを仕事にできたら。

病気だったり、悩んでいたり、孤独だったり。

そして、未来をいきる子どもたちに、生きる力を与えられるような、サポーターになりたい。


食、マクロビオティックを通じて、
私のライフワークにしていけたらいいな。

今日は、いつぶりだろう、終電まで飲んでいた。


「女子会プラン」というコースで、かれこれ6時間も。


回転率悪いのでは、という心配はさておき、

初めて飲むメンバーだったのだけれど、本当に楽しい時間。

学ぶこともすごく多くて。


特に勉強になったのは、

価値観について。


人はそれぞれモノサシを持っていて、

自分の目盛が正しいと、無意識に思い込んでいる。


だけど、目が粗い人もいれば、細かい人もいて、

ある人が気になる場所が全く気にならない人もいる。


何と面白いのだろうと。


女子会では客観的に見れるから、面白いで済むけれど、

やはり夫婦はその点を心して、

相手との心理的距離を意識してとらないと、

ついつい自分のモノサシを相手に押し付けてしまう。


分かってくれない相手にいらだち、失望する。


何と面白い、と思えるようになるには修行が必要だ、と思う。


しかし、


何と言っても、帰る場所がある、

帰ったら寝室に家族がいてくれる、

それだけで何と幸せな終電なのだろう。


ありがとう。私の大切な家族。

マクロビオティックを本格的に勉強し始めてから、その魅力にとりこになっている。


マクロビオティックは、誰も傷つけない。


自分と他人との境界線もない。もちろん、良い意味で。


今、都会に限らず日本中が、自分と他人との境界線、バリアが厚すぎて、

自分さえ良ければ、になっているのではないだろうか。


愛らしい猫や犬が悲惨な目に遭っていればかわいそう、といいながら、

自分の目に見えないところで屠殺されている動物たちを平気で、大量に食べている。

感謝の心なしに。


神聖なはずのそれらを、ただただ、自分の栄養として、快楽として。


私だって、たくさんの動物を食べてきた。

これまで三十年ほども。もう、一生分食べたと思う。


動物の自然のサイクルを、いつか取り戻せますように。


人間どうしだって。


きっと、究極的には、自分と、他人とは、同じなのだ。

他の人の喜びは、自分の喜びで。


マクロビオティックをはじめてから、そんなことを思えるようになった。


私のいのちも、人の役に立つことで、生かしていきたい。





久しく子どもたちの靴を洗っていなかったことに気づき、靴を洗った。


16センチと13センチの靴はとってもかわいくて、


それを洗っている時、


あー、お母さんになったんだな、と幸せな気持ちになった。


私が子どものとき、自分の上履きは自分で洗っていた。


結局、母にも父にも私の靴は一度も洗ってもらうことはなかったけれど、

私が自分で洗えないほど小さい時は、おばあちゃんがきっと、洗ってくれていたのだろう。


人並みに大きくなって、お母さんになった今、


子どもたちがいつか、「洗ってくれてたんだな」と感じるその日まで

子どもたちの足が、私の足より大きくなる日まで、


子どもたちの自立を、お手伝いしていけたらと思う。


明日からまたこの靴で、素敵な経験しておいで。

最近、仕事と家庭のバランスや、夫とのことで色々考えることがあって、先生とお話する機会があった。

そのなかで、自分が生まれてきた意味とか、生い立ちとか、そんな視点もあって、すごく自分に響いたことばがあったので忘れないように書いておこうと思う。
(備忘録ブログ 笑)



目に見えないものを大切にする


これは、字面だけだと、へぇ~、そうだよね、という程度のことかもしれないけれど、私にとっては救いのことばになった。


私は片方の目が見えない。


見た目も原型をとどめていない。
恐らく、胎児のときに受けたダメージだろうと言われていた。

だから、親を恨んだり、手術に失敗した医療に、とても悔しい思いをしてきたのも事実。

だけどきっとこれも、自分の宿命なのだと。


ヘレンケラーだって、三重苦で、でも普通の人たちよりもよほど本質が見えていた人だと思う。

彼女と比べることなんて到底できないしそれは意味のないことだけれど、私には私にしかできないことがきっとあるはず。

目で見ないで、感じること。
経験から、学ぶこと。

これが私にできることなんじゃないかと思う。