夫婦について悩む時、相手とわかりあいたいと切に思う。


でも、それでは相手との心理的距離がとれなくなって、うまくいかない。


そんなとき、自分にできる唯一といってもいいこと。


それは、自分はこうしたい、こうありたい、こうしてほしい、というようなことを、とにかく伝えるということ。


小さなことでも、ずっと積もると何から話していいのか分からなくなる。


私の場合、飲み込むことが多いので、心して「伝える」作業をしないといけないなー。

Greeeen(eの数は不確か)の、遥か、って曲が好き。

これから、明日死んじゃうかも知れないしあと数十年という間生きるかも分からないけど、

とりあえず今日、そして明日を生きること。

何年も先のこと考えてもタイムスリップできないしね。

夫婦の関係や、子どもたちとの関係も、日々変わっていく。

子どもたちを家の中にずっと閉じ込めてコントロールもできないし、自分だって年をとり気力体力もなくなる。

夫に対しても、適度な心理的距離をとりながら、毎日をやりすごすこと。

男女はまったく違う生き物で、私が相手を理解できないように、相手も私を理解できないのだろうから。

その相手と一体化したいというのは土台無理な話。
理想の夫婦なんてめったにいないのかも知れない。
人はみんな結局孤独で、自分で自分の人生の責任を取らなきゃいけないんだよね。
死ぬまでに、あー6割くらいは夫にも自分にも相手を分かりあえたかなと思えればいいかな。

遥か、だねー。

夫婦って何だろう、ということを改めて考えた一日。


シングルで子育てをしているママに会ったことがきっかけだったかも知れない。


明日は私の恒例になったひとり時間。


子育てをしている主婦ならば、誰もがうらやむひとり時間。


ひとり時間って子どものことや家事や、何も考えない貴重な時間だというのは、確かにそう思う。


でも、私が本当に求めている時間って、家族で笑い合う時間なんじゃないかな、と、今日そう思った。


ひとり時間をいくら重ねても、埋まらない心の穴がある。


私たちが、もしかしたら私が、この4年の結婚生活で、作ってきてしまった溝。


私は、自分の弱みを見せることができない。家族ですらも。

無防備でいられない。鉄人のように完璧であろうとして、家族を振り回している気がする。


そんなことに改めて今日気づいてしまって、どうしようか・・・という状態。


夫にとって、もっとかわいげのある妻でいたいし、もっと大事にして欲しい。


ドーナツを買ってきてくれるとか、ひとり時間をくれるとか、それも確かにありがたいけど、

私が求めているのは、心が通い合うこと。


それは、夫婦が分かり合うこととは何となく違うんだけど、本音が言い合えるというか、自分のいいところもダメなところもさらけ出せるというか。


そうすれば子育てなんて、その上におのずと積み重なっていくものなんだろうなぁと思う。