お久しぶりです。
自分の人生をちょっと振り返ってみました。
ちょっとした自分史をご紹介させてください。
オーストラリア・パース在住、
オーラ調整師のハーディマンのりこです🇦🇺
現在は、本業でピアノ講師をしながら、
オーラ調整や感情クリアリングを通して、
心・身体・魂、そして環境を整えるサポートをしています。
でも、最初からこんな仕事をしていたわけではありません。
振り返ってみると、私自身が長い間、
「私は何者なんだろう?」
「私はどう生きたいんだろう?」
という答えを探し続けてきた人生だったように思います。
高校1年生でアメリカへ
私の海外生活は、高校1年生から始まりました。
アメリカへ留学し、そのまま大学卒業、
そして、就職して1年ぐらいまでアメリカで生活。
大学ではピアノとモダンダンスを学びました。
10代から海外で生活していたので、日本へ帰ると、
「日本人なのに、なんとなく日本に馴染めない」
という不思議な感覚がありました。
今なら「アイデンティティーの葛藤だったんだ」と分かります。
でも当時は、そんなことにも気づいていませんでした。
就職して1年経ったのちはドイツへ
ニューヨークで働いた後はドイツへ渡り、
モダンダンスなどを通してドイツ人と
コラボレーションしながら、
パフォーマンス活動をしていました。
そして、その時に目の当たりにしたのが、
ベルリンの壁の崩壊。
世界が大きく変わっていく瞬間を間近で経験しました。
その頃から、
「心と身体はつながっているのでは?」
ということをもっとよく考えるようになりました。
ところが、そんなことを考えている本人の人生はというと……
なかなか思い通りにはいきませんでした(笑)
30代、日本へ。そして40歳を前にオーストラリアへ
その後、日本人としての自分を
もう一度見つけたいという思いもあり、
日本へ帰国。
英会話講師、通訳、産業翻訳など、
さまざまな仕事を経験しました。
そして40歳を目前に、今度はオーストラリアへ。
仕事や勉強を経てオーストラリア人の夫と結婚し、
同時にステップマザーになりました。
その後、自分自身も出産。
国際結婚。
ステップファミリー。
海外での子育て。
慣れない土地で、家族としての生活を
作っていく毎日が始まりました。
子育て真っ最中から「私はこれから何をするんだろう?」
「自分はこれからどう生きたいのか」
ということを考え始めたのは、
子育てが一段落してからではありませんでした。
むしろ、子育て真っ最中からずっと考えていました。
娘がまだ小さかった頃、夫から、
「これから自分が何をしていくのか、
考えた方がいいんじゃない?」
と言われたことがあります。
オーストラリアでは共働きの家庭も多く、
子どもが少し大きくなれば、
また仕事をするというのもごく自然な流れです。
でも、その時の私は、
「じゃあ私は何をしたらいいんだろう?」
と、よく分からなかったのです。
「何をしたい?」と聞かれても、すぐには答えが出ない。
そこで私が最初に考えたのは、
「やりたいこと」よりも、「今の私に何ができるか」
でした。
まずは「できること」から始めたピアノの仕事
娘が幼稚園へ行き始めた頃だったと思います。
私はピアノを教えられる。
だったら、まずそれを仕事にしてみよう。
オーストラリアには、ピアノ講師が小学校へ出向いて、
学校にいる時間にレッスンを受けたい子どもたちへ
お月謝は別にいただいて楽器を教える仕事があります。
その仕事に応募し、最初は週に2日ほどから始めました。
少しずつ担当する学校を増やし、
やがて平日はほとんど毎日のように小学校へ行き、
放課後は自宅で、子どもたちに
ピアノを教えるようになりました。
当時はまだ土地勘も十分になかったので、
「えっ、こんな遠くまで行くの?」
というような学校まで車で通ったこともあります(笑)
それでも、
「私にできることを仕事にする」
という意味では、一歩ずつ前へ進んでいました。
「学校の音楽の先生になったら?」
そのうち夫から、
「学校の音楽の先生になったらいいんじゃない?」
と言われるようになりました。
確かに、学校の先生になれば仕事も安定しますし、
お給料もピアノを個人で教えるより良くなります。
しかも、こちらには大学をすでに卒業している人が、
約1年間のコースで教員資格を取得できる制度がありました。
「それならやってみようかな」
と思い、私は再び大学へ行き、
教員免許を取ることにしました。
コースに来ていたのは若い学生ばかりではなく、
一度社会に出てから新しいキャリアを目指している
人たちもたくさんいました。
授業だけでなく学校での実習も多く、
さまざまな年代や背景の人たちと一緒に
勉強した1年間は、とても刺激的でした。
大変でしたが、社会勉強にもなり、
今振り返っても決して無駄だったとは思っていません。
教員免許を取った。でも、なぜか動けない
そして無事に教員免許を取得。
普通なら、
「さあ、これで学校の先生になれる!」
ですよね。
ところが……
私は全然、就職活動ができなかったのです。
先生の欠員補助でもいい。
小学校でも、中学校でも、高校でもいい。
学校へ履歴書をメールしたり、電話をしたり、手当たり次第に動けばいい。
頭では分かっていました。
「せっかく資格を取ったんだから、仕事を探さなくちゃ」
とも思っていました。
でも、
どうしても行動できない。
今なら、その理由がよく分かります。
私の心が、その仕事についていっていなかったのです。
学校の先生になることは、
私が本当にやりたいことではなかった。
それだけだったのだと思います。
「できること」と「やりたいこと」は違う
後になって、
「大学で1年間勉強する前に、
本当に学校の先生になりたいのか、
もっと自分に聞けばよかったな」
と思いました。
夫からは今でも時々、
「学校の先生になれば、もっとお給料がいいのに」
と言われます(笑)
確かに、それはそうなんです。
経済的な条件だけを考えれば、
合理的な選択だったかもしれません。
でも、
「できる仕事」と「自分がやりたい仕事」は、
必ずしも同じではありません。
資格があるから。
収入がいいから。
周りから向いていると言われたから。
せっかく勉強したから。
そういう理由だけでは、
人は必ずしも動けないのだということを、
私は自分自身で経験しました。
それでも、その1年間は無駄ではなかった
だからといって、
「教員免許なんて取らなければよかった」
とは思っていません。
社会人になってから大学へ戻り、
さまざまなバックグラウンドを
持つ人たちと学び、
実際の学校現場で何度も実習をした経験。
教育について改めて考えたこと。
そして何より、
「条件として良い仕事」と「自分が心からやりたいこと」は違う
と、自分の身体と心を通して知ったこと。
これは、その後の私にとって大きな学びになりました。
私が長い間していたのは「何ができる?」という問いだった
振り返ってみると、当時の私は、
「私は何をしたい?」
よりも、
「私には何ができる?」
という問いで人生を考えていたように思います。
ピアノ科を卒業したから、ピアノを教える。
大学を卒業しているから、教員資格を取る。
資格を取ったから、先生になるべき。
一つひとつは間違った選択ではありません。
でも、そこに、
「私は、本当はどうしたい?」
という問いが抜けていました。
心と身体だけでは足りなかった
私は20代の頃からずっと、
「心と身体はつながっている」
ということを考えてきました。
でも、自分自身の人生を経験すればするほど、
それだけでは何か足りないように感じるようになりました。
心と身体だけではなく、
魂、感情、そして自分を取り巻く環境まで含めて、
一人の人間と考える必要があるのではないか。
そんなことを考えるようになり、学び、実践してきたのが、
オーラ調整、感情クリアリング、自己理解、自己受容などです。
今なら「あの時、動けなかった自分」の意味が分かる
昔の私だったら、
就職活動ができない自分を、
「なんで私は行動できないんだろう」
「せっかく資格まで取ったのに」
と思っていたかもしれません。
でも今は、
行動できないことにも、何か理由がある
と思っています。
もちろん、怖くて動けないこともあります。
面倒で先延ばししているだけのこともあります(笑)
でも時には、
自分の心が「そっちじゃないよ」と
教えてくれていることもある。
だから私は、単に「もっと頑張りましょう」
とは言いたくありません。
まず、
「私は今、何を感じている?」
「どうしてこれは嫌なんだろう?」
「本当はどうしたい?」
と、自分に聞いてみる。
そこから始めてもいいと思うのです。
海外生活35年以上を経て、今思うこと
アメリカ、ドイツ、日本、オーストラリア。
住む国も変わりました。
仕事も変わりました。
家族の形も変わりました。
「何ができるか」を探して、
いろいろなことにも挑戦してきました。
だからこそ今、強く思います。
外側の条件だけでは、自分の人生は決められない。
お給料がいいから。
安定しているから。
周りが勧めるから。
「普通はそうするものだから」。
それも選択の材料にはなります。
でも最後に大切なのは、
「私はどう生きたい?」
という自分自身の声です。
私がオーラ調整や感情クリアリングを
通してお手伝いしたいのも、最終的にはそこです。
オーラを整えることそのものがゴールではありません。
自分の感情を知り、自分を整え、
自分の人生を、自分で選べる状態に戻ること。
それが、今の私の活動の原点になっています。
次回は、
仕事もある。
家族もいる。
生活もそれなりに安定している。
それなのに、なぜか心の奥で、
「私、このままでいいのかな?」
と思ってしまう。
そんな方に向けて、
人生後半は「これまでの続き」ではなく、
これからを自分で選び直す時間にしてもいい
というお話を書きたいと思います🌿


