妹に言いたいことがある、

彼女は大学優秀な大学に受かった私の誇らしい妹だ


私の誇らしい妹だ、感謝は大学に行っているが

彼女はその頑固さが故に、大学に行けたのだ、


なぜ頑固かと言うと、

ここ時代は自分の勉強を優先して、歌詞はあまりしていない印象であった、私であれば、家族のことを気にして家事を手伝ったりだとか、少なからず母親や父親に感謝の気持ちがあってことをしていた


だってやってたときはやってたよ!💢


それが妹の糸かと思う、もしそこで家族のことを考えていれば、大学には合格できないし、夢を叶えたのはいいとこだと思う、


けど、その支えになってくれたのは家族だ、


日々感謝してると思うが、

昨日、夜まで、電気をつけていたひょんなことから喧嘩になっていた、


父も朝仕事が早いから、そういう風に起こったのだろう、


この喧嘩は加熱してブレーカーを落とすにまで至った、

夜まで勉強している。妹と

夜は寝た。い👨父、


これ1件、普通の家族の喧嘩のようにみえるが、

もし、父のイライラを回避するのであれば、

良い方法を知っている。

それは反応しないことだ、何でも反応してしまうと、お互い

感情的になってしまうのだ、

妹は頑固がゆえに何でも対応してしまう、


私も昨日はその喧嘩で寝れなかった、

父の言いたいこともわかるし、

妹なんでそんな言い方するのわかる。




 

 

 

 

 

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 今日も仕事休んだ。

不安でいっぱいだ、上司はきっと自分に何か精神的なことで悩んでいるのではないかと質問してきた。


私は答えられなかった。

今日で4日目になるのだが、やはり回復はない、

少しずつ楽になってきたが、


仕事に戻ったら、ちゃんと仕事ができるのかとか、

不安に思えてくる。


仕事辞めたらどうなるのかとか、

不安しかない。いつも元気な自分だが、


無理し過ぎたのではないのか

向こうに行ったら、家族もいない。けど、土日は彼女に会うことができる。


1人で朝ごはんを食べることができるの?

1人で家事や洗濯掃除ができるの?


沖縄で1人で暮らしていた時は、洗濯もあって、日本語も通じてから何とかなった


あの経験を得て、私は少し寛容にも強くなれた


1番自分がモチベーション上げてくれたのは、やはり、

中国留学の動画だ、向こうで39歳になった人が

留学をしている

いつからでも中国に行くの遅くないと思う。


自分の好奇心と、バイタリティーに感謝をして、私はまた一段と強くなるのかもしれない


留学をする道があるのに、私は仕事を選んだ

頑張ってみたいからだ。

そこで、心が打ちひしがれて、も

辛い目にあっても、それはそれでしょうがないと思。う


大きなチャレンジレンじ若いうちにして、どうなろうと知ったことではない。

得た知見をもとに、また進化するのではないだろうか、何でもできる気がしてきた。。


日本語教師と言う職業もあるし、

土曜日、日曜日。休みなのだから。


頑張ってみようか

誰もしたことがない。その先へ


あみ進めてこそ、人生に深みが出るのではないとだろうか


それでも怖い、今の人間関係はものすごくいいし、

私を慕ってくれる人が何人もいる。

私をその枠の中に、私を収めていいのか?

いろんな経験もさせてもらった、今いる場所は褒められる場所だと思う。自分は体質が違うから。


この場所を抜けた後、戻ってこれる?保証はどこにもない。


けど、夢があるのだ、夢があるから、今日まで頑張って来れた、

サボった日も大いにあったし、

今日はこれでいいやと思える日も何度もあった


けど、1月から準備を進めてきたのは

朝に6月から働き始めるためだった。


この先、どんな未来が待ち受けていようと私は行かなかったことを後悔すると思う。


憧れの地、中国へ


 

 

 

 

 

 

私の美容サプリ

 

Ameba美容部

 




❶優しすぎる国民性


上海の高速鉄道で紹興に向かうため、待ち時間の間、今年はAlipayを使って自動販売機で水を買おうとしていた。


しかし、思うように、アプリが反応せず、

バーコード読み取り、ローリング中と言うデータ通信障害に悩まされた。12回目お迎えようとしたときに隣で飲み物を買う女性にそれどうやればいいのかな?と聞いてみたところ。、


一緒に解決するまで向き合ってくれた。

そして3回やった後、彼女は金を使って私に水をプレゼントしてくれた。


現金を渡そうとしたが、彼女はいらないと行った。


❷話しかけてくれる気さくな人柄


紹興での朝ホテルからパンを買いに行くところでお店に着くと、日本人?と話しかけてくれた。


中国語であったが、私もカタコトの中国語で話した

珍しいと言われとても嬉しかった。


❸やっぱりYouTubeは見れない


ホテルのWi-FiにつなげるとやっぱりYouTubeは見れない。



今日の天気は

 

 

 

 

 

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冬の終わりだった。


成田空港のガラス窓に映る自分の顔を見ながら、彼はぼんやり考えていた。
「またどこかへ行きたい」


それは逃避ではなかった。
むしろ逆だった。


日本で生きることに、息苦しさを感じていた。


社会人になって三年。
安定した仕事。決まった時間。決まった人間関係。
毎月振り込まれる給料。保険。社会的信用。


誰かに言わせれば、それは十分「幸せ」だった。


けれど彼の心は、いつもどこか遠くを見ていた。


電車の窓から見える灰色のビル群。
コンビニの同じ音楽。
同じ言葉、同じ空気、同じ価値観。


その中で生きていると、自分という存在がどんどん小さく、平面的になっていく気がした。


世界はもっと広いはずなのに。
知らない街があって、知らない人がいて、知らない感情があるはずなのに。


彼のエネルギーを作っているものは、いつだって好奇心だった。


知らない国へ行きたい。
知らない言葉を聞きたい。
知らない人生に触れたい。


だから旅をした。


気づけば世界を歩き始めて四年が経っていた。


シンガポールの蒸し暑い夜。
中国のビル。
香港の竹だらけの通路。
ベトナムのバイクの上。
ネパールの知らない屋台で食べた料理。
翻訳アプリ越しの会話。
たった数時間で親友のようになる旅人たち。


その一つ一つが、自分を生かしていた。


そして、中国だった。


初めてその国に長く滞在した時、彼は衝撃を受けた。


街の速度が違う。
人々の熱量が違う。
昨日まで存在しなかった店が今日できて、来月には消えている。


日本のような「完成された安心感」はなかった。


その代わり、むき出しの生命力があった。


地下鉄では誰もがスマホを見ながら忙しく動き、カフェでは知らぬ若者たちが楽しそうな話を大声でしていた。
成功も失敗も、全部が速い。


不安定だった。
でも、生きている感じがした。


そこで出会った彼女は、彼を「少年」と呼んだ。


笑う時、少しも目が細くはならず大きな瞳を持った人だった。


彼女といると、自分の知らない価値観に何度も出会った。
家族への考え方。
恋愛への距離感。
仕事への熱量。


そして彼は思うようになる。


「この国で働いてみたい」


もちろん怖かった。


今の仕事を辞めたらどうなるのか。
中国で本当に生活できるのか。
保険は?⇨日本に帰れば大丈夫
言葉は?⇨そのうち覚える
給料は?⇨1300元でやすくても貯金しよう
ビザは?⇨エージェントがやってくれる
もし失敗したら?⇨また仕事を探そう


誰も保証してくれない。


友達が離れていくかもしれない。
孤独になるかもしれない。
日本にいた方が楽なのはわかっていた。

けど、中国を知らずに生きるのは退屈そのものだって


それでも、心が前へ進もうとしていた。


彼は知っていた。
自分は「安全だけの人生」では、生きている実感を失ってしまう人間なのだ


挑戦は、時に無謀に見える。


けれど無謀と呼ばれる道の先にしか、自分の知らない景色はない。


ある夜、中国のホテルの窓から街を見下ろしながら、彼は考えた。


この世界には、自分の知らない人生が無限にある。


日本で生まれ、日本で働き、日本で老いていく。
それも一つの幸せだ。


でも、自分はきっと違う。


もっと広い場所で生きてみたい。
知らない文化の中で苦しみたい。
言葉が通じず、孤独になり、それでも前に進いてみたい。


それは不安だった。
だが同時に、強烈に美しかった。


「宝宝とも一緒に暮らしてみたい」


その願いもまた、彼を前へ進ませた。


異国で誰かと暮らすこと。
文化の違いに戸惑うこと。
喧嘩をすること。
理解し合えない夜があること。


それでも同じ部屋で眠り、朝を迎えること。


簡単ではない。
むしろ難しい。


けれど、だからこそ意味がある気がした。


彼はまだ何者でもない。


世界旅行をして四年。
社会人三年目。


知識も足りない。
語学も完璧じゃない。
将来も見えない。


わからないことの方が、ずっと多い。


それでも彼は歩く。


たとえ孤独になろうとも。
たとえ友達が減ろうとも。
たとえ失敗して笑われようとも。


狭い世界で小さくまとまるより、傷つきながらでも広い世界を見たかった。


冒険すること。


それが彼にとって、生きるということだった。


だから叶えてくれ、今年の9月に働き始める。

7月には仕事をやめる。





私が選ぶ妄想ドラフト

 

 

 

 

 

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自分のエネルギーを作っているものはまさに好奇心だ、中国で働いてみたい、

宝宝も一緒に暮らしてみたい。


日本ととどのような違いがあるのだろう

楽な仕事が幕を閉じ、

保険があるかもわからない。世界で

1人歩いて行く、それは大きな挑戦か無謀な試みか、


けれど挑戦せずにはいられない

世界旅行をして4年目、社会人3年目、

わからないことの方が多い


けど、この国の中で生きるには.

自分は狭すぎるように感じた





たとえ友達がいなくなろうとも、

孤独を感じようとも


冒険することがいいのだ


無人島に行くなら必ずこれ持ちたい

 

 

 

 

 

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