最近は、困窮を極めており、全くTUTAYAにも行かなくなっていました。
昨年の夏は、いまよりまだましな経済状態だったので、古いアニメを最初から最後まで借りて、家で観ながらゆっくり過ごしておりました。
何故、今「じゃりんこちえ」なのかというと、あの古きよき時代。決して境遇に恵まれたわけではないけど、前向きに進む主人公ちえと周りの人達の愛情に、昨今、忘れられそうになっている、大人が自分の子のように他人の子とも関わっていく姿に、深く感銘を受けるからです。
耳を疑うような、苛めの事件が後を立たないのは、大人が、例え他人の子であっても社会の産物として子を捉え、関わっていける環境では無くなっている事も要因の1つではないかと思います。
かく言う投稿者も、他人の子が間違った事をしている時に叱ると、その子の親に逆ギレされた事もありますので、怖くて、なかなか、叱れないというのも現実です。。。
昨日は、久しぶりに、人の集まる所に行ってみました。そこには、愛情いっぱいのお節介にあふれたおばちゃん達が健在でした。

昨年の夏は、いまよりまだましな経済状態だったので、古いアニメを最初から最後まで借りて、家で観ながらゆっくり過ごしておりました。
何故、今「じゃりんこちえ」なのかというと、あの古きよき時代。決して境遇に恵まれたわけではないけど、前向きに進む主人公ちえと周りの人達の愛情に、昨今、忘れられそうになっている、大人が自分の子のように他人の子とも関わっていく姿に、深く感銘を受けるからです。
耳を疑うような、苛めの事件が後を立たないのは、大人が、例え他人の子であっても社会の産物として子を捉え、関わっていける環境では無くなっている事も要因の1つではないかと思います。
かく言う投稿者も、他人の子が間違った事をしている時に叱ると、その子の親に逆ギレされた事もありますので、怖くて、なかなか、叱れないというのも現実です。。。
昨日は、久しぶりに、人の集まる所に行ってみました。そこには、愛情いっぱいのお節介にあふれたおばちゃん達が健在でした。
