今回のおやつ、塩大福♪
あ!卓巳先生、ちゃんと萩原先生にあげたんだねっ(≧∀≦)!
あと、2000年 ニューヨークの高木先生の回想。
あれはっ! Bar Lapan やないですかっ!(笑)
ニューヨークにもあったんですか~( ´艸`)!?
それにしても、 卓巳先生・・・お父さんに殺されかけた??
そして古牧先生はやはりクローンに・・・
斎藤教授は何をしようとしてたんだろう。。
とかまだまだ知れば知るほどその先がわからなくなりますけどっっΣ(・ω・;|||
橘先生、確かにちょっと変わりましたね~
あんなふうに前のめりでみんなの方向いて話すなんて、表情もちょっと柔らかかったし。
卓巳先生の影響が少なからずあるのかな( ´艸`)?
(ここからはワタシゴトで・・・長くなるのでスルーしていただいても結構です)
今回の 杏子ちゃんのお話を観ながら、
ずっと思い出していたことがありました。
22歳で亡くなった 大切な友達のこと。
彼女は中学生の時に突然難病を患い、ずっと入退院を繰り返していました。
高校卒業後は進学を希望してたけど、ご両親からはそのまま家業を手伝ってくれればそれでいいと、反対されてて。
でも彼女は、ちゃんと働くなら技術を学びたいちゃんと家族の役に立ちたいと、夢を持って進学の道を選びました。
私が彼女と出会ったのはその短大時代のこと。その頃は症状もだいぶ落ち着いてるようでした・・・
けど、体調はよくなってても彼女にもたくさん制限されることはあって、
その学校は野外授業も多かったので、あまり激しい活動はできないし、あまり長時間太陽の光には当たれない。
その中でも彼女はできる限りみんなと一緒に行動しました。
学校ではいつの間にか仲良くなった5人でいつも一緒に行動していて、彼女はその一番後ろのほうでみんなを微笑ましく見守ってた。
誰かが、笑うと菩薩様みたいやって、なんか心が穏やかになるって、冗談交じりに言ってたけど・・・彼女の笑顔はほんとうに柔らかくて暖かくて。
その頃、学費を稼ぐために朝晩のバイトとお昼は授業を繰り返してた私は、たまにすごく疲れた顔で学校に来ることがあって・・・
そうすると彼女が真っ先に気づいて、大丈夫?って声をかけてくれて、休み時間にマッサージしてくれたりした。
自分の体だって大変なのに、決して愚痴をこぼしたり、弱みを見せることなく、いつも周りの人のことを先に気づかう人でした。
それから4年。 卒業後久々にみんなで集まって旅行に行ったあと、彼女の容態はどんどん悪くなっていきました。
入院してから、本当にあっという間だった。
お通夜の時、目の前に横たわっている彼女の最後の顔を、見ることは叶いませんでした。
お母さんに、ひどい顔だからあなたたちには見せたくないの、ごめんね、と言われたから・・・
目の前の彼女の身体は本当に本当に小さくて、
布団が僅かに膨らんでいるだけだった。
でもそれは、彼女が、最後の、最後の最後まで、がんばって生き抜いた証だった。
その日の晩は、友達4人で近くのマンションの一室に泊まらせてもらうことになった。
それは彼女が住むためにお母さんが用意していたマンションでした。
彼女には付き合っている人がいて、けど病気のことでご両親からはその交際を反対されてた。
いつまた病気が再発するかわからない、いずれ結婚しても子供を産むことは難しい・・・彼女と相手のことを思ってのことだったのだと思う。
それでもお母さんは、ここなら家からも見えるし何かあってもすぐに駆けつけられるからって、いつか2人で住めるように、密かに用意していた部屋でした。
その部屋で、ずっと、なんで、なんでこのこなん?なんで?って、4人で泣き崩れながら・・・
すぐそばにいた友達が小さな声でぼそっと、
いつも、私たちよりずっと大人で、あんなに優しくてにいい子だったから・・・きっと早く連れて行ってしまったんだ。。ってつぶやいてた。
こんなにこんなに悲しいのに、その言葉が妙に納得できてしまって。
時々考えるんです・・・ 今、当たり前のように生きてるこの世界が、”主”とは限らないんじゃないかって。 どこかにほんとうの”主”の場所があるんじゃないかって。いつかそこに還るためにここで生きてるのかなって。 なんて、本当のことなんて誰にもわからないけど。
彼女と一緒にいたのはたったの4年半だったけど、彼女から受け取ったものは本当に大きくて、今も私の中にちゃんとあって。
彼女に笑われないように、精一杯この世界を生き抜かなきゃな。
長々と・・・すみませんでしたm(_ _)m
ラストホープ観ながら、辛いことも思い出しちゃったけど、
でも、また彼女のあの優しい笑顔を思い出せてよかったです。