時々、思い出すことがある


高校生の時、部活の仲間と公園に集まった時のこと


「○○ちゃんって、なにされても許されちゃうよね」


わたしが何気無く放ったひとことに対し、ある男の子が、


「世の中には2種類の人間がいる

 何をしても許される奴とそうじゃない奴

 あいつは許される方」


多分、そんな返だったと思う


わたしはそれを『お前は違う』と捉えた

 

少し前、わたしはある講座を受けて、


話し手が話した言葉を、受け手は自分のフィルターを通して受け止めるから、【真実は一つでない】ってことを学んだ

(ざっくりしすぎ驚き驚き驚き


頭では分かってても、つい自分の意見が『標準』で『正しく』て『正義』だと思ってしまう


それを押し倒そうとくるからこじれてしまい、


また、伝えたい思いは時としてねじ曲がってしまうショボーンショボーンショボーン


わたしはあなた あなたはわたし(インラケッシュ)という考えがマヤ暦にはあるけれど、


それはあくまでも『自分の周りに起きることは、自分自身の投影』だということで、


わたしの考えてることと相手の考えていること

わたしの正義と相手の正義は

必ずしも一致しない


『あなたはそう思うけどわたしはこう思うのよ』と割り切るのは、まだ少し難しい