7月26日からゆっくりと開き始めたと言われる【ライオンズゲート】。
この日、地元の神社で行われた『夏越祭』に行ってきました。
暑い夏を、コロナ時代を、無病息災で乗り越えようって事で、茅野輪くぐりをして祈願しました。
雲行きが怪しく、1日雨が降ったり止んだりの日でしたが、外に出ている時間だけいいお天気で、帰宅した途端雷雨。
なんだか不思議な力が働いてるのかな?って感じました。
この日を境に、私の心はザワザワ(正確にはイライラ)し始めました。
このザワザワのピークは8月3日。
私は感情を抑えられなくなり、ついに発狂してしまいました。ベビーゲートで柵をして入れなくしている書斎に逃げ込みました。
ことの発端は、朝からお菓子を欲する娘をうまくなだめられず、イライライライラ…。
斜め上から「お前はこどもをダメにしている。お前はこどもにとって悪。お前の存在は脅威」って黒く濁った感情がどんどん降りてきて、抑えられなくなりました。
「娘を連れて行かれる、私は殺される」…そう思い、いよいよガチで精神や心療内科のカウンセリングが必要なレベルだと感じました。
…発狂したことで、すこし感情が落ち着き、娘に醜態を晒したことを詫びました。『ごめんね、ママ、疲れてしまって、鬼さんになってしまってた。びっくりしたね。ごめんね』と。
8月4日、この日は、結婚が決まったCHOREI仲間に朝からサプライズでお祝いをした日。
午後は初めてのママ友と初めておしゃべり(とはいえオンラインですが)した日。
2人ともはる子さんって名前で、私はウェルスダイナミクスで【春】な人間。この日は総評的に穏やかに過ごせた気がしました。
(2人のはる子さんや、ウェルスダイナミクスについてはいずれ書く日が来るかも?)
ライオンズゲートは8月8日〜9日にマックスに開き、それから12日にかけて徐々に閉まっていくそうです。
8月10日、私は朝から首の調子が悪く、外の天気は最悪でしたが、なんとか子どもを連れて整骨院に行きました。
大人の足なら10分かからない距離だけど、子どもと一緒だったので30〜40分かかりました。
娘は長靴とかっぱと傘を身につけて、あっちにフラフラこっちにフラフラ…。動かない首、動かそうとすると激痛…。つい、外で声を荒げてしまいました。
痛む首を守りながらの育児。後半(夕方以降)はイライラも溢れ出ていました。
ふと鏡を見た時、そこには鬼に化した私がいました。
この日、いつもより長くお昼寝した娘は、夜激しくぐずりました。
「ママ、抱っこ!」と私にしがみつこうとしますが、首を触られるたび激痛が走り、「うう…」「うわぁ…ぐ!!!」と私の悶えるこえがひびきました。
そのあと私に抱っこをせがみ「ママ!ママ!!こわいよぅ!!」「ママじゃなきゃ嫌!」「ママ、帰ってきて!」「ママがいいの!」と泣き叫び始めました。
その泣き方がいつもと違い、私はハッとして、首の痛みを我慢して抱き抱えました。
娘は首に手を回さず、私にしがみつき、「ママがいいの!!」と泣きじゃくりました。
私は声を出さないように首の痛みに耐えながらなだめてましたが、急に「ママが怖い」と泣き始めました。私にしがみつきながら、私のことが怖いの泣くのです。
見かねた夫がついに起きて、一緒に娘をなだめはじめました。
そして娘が言いました。
「ママの目、見せて」
「嫌!!ママの目が怖い!!」
「ママ!ママ!!ママー!!!」と私に手を伸ばしながら泣きじゃくりました。
主人が寝室から連れ出しして、リビングですこしお話ししたらすぐ落ち着いたようでした。つい5秒前までおしゃべりしていたかと思うと、寝室に戻ってきました。娘は寝息を立てて寝ていました。
宇宙からのエネルギーがどんな影響だったのか、私にはわかりません。
そもそもそんなエネルギーは関係なく、私はイライラしたのかもしれないし、私自身の問題なのだとも分かってはいます。
けれど、【私自身の問題】だとすると、私は本当にダメな人間なんだって感じるので、もし、外からの刺激のせいにできるのなら、そうしてしまいたい…そんな2週間を過ごしました。
この数日の出来事が、娘の心の傷になり、娘が将来苦しんだらどうしようって、それを考えるとさらに苦しくなります。
そして、私自身、両親に大切に育てられてきたはずなのに、どこか闇を感じるのは、両親に認められなかった、両親に想いが伝わらなかった、そんな苦しい過去を物語っている気がしました。
どんなに娘を愛していても、人間だもの、イライラすることもある…なんてことを認めて、感情のままに過ごしていたら、きっと娘は自己肯定感の低い子に育ってしまう。イライラしても抱きしめればいい…なんてきっと嘘。それは暴力と変わらない。
翌日、娘はご機嫌に目覚め、「おはよう。もう怖くないよ」とにっこり笑顔を見せてくれました。
ちょいちょい痛みでイラっともしましたが、娘のお昼寝までの時間、無事に過ごせたのは、お友達がテレビ電話を繋いで、スマホの充電が切れるまでそばにいてくれたから。
ありがとう。