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☆to smile☆
私はレックリングハウゼン病です
簡潔にいうと
カフェオレ斑と呼ばれるシミ(痣)や
神経繊維腫と呼ばれるイボ(ブツブツ)が
体にできる病気です
遺伝子異常の病気なので
感染ることはありません
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ブログを開設したものの、何からはじめたらいいのか…ネタが豊富なわけでもないので、まずは自分のことをお伝えしたいと思います。

私は生まれた頃からカフェオレ斑はあったようですが、母は特に気にしてなかったようです。正確にはいつからあったかは覚えていないようですが、乳児湿疹がひどく皮膚科に連れて行った時に医者に言われたようです。

この病気の人は醜い姿になるから覚悟しておくように

みたいなことを言われたらしく、母は私を殺して自殺しようかとも悩んだそうです。

私自身が他の人と違うな、と感じたのはおそらく小学校低学年の時。その頃には首筋や肘、膝裏などにもカフェオレ斑があり、多分周りの指摘で違うんだって自覚したんだと思います。

母に聞いたら、「お星様みたいで綺麗でしょ」と言われ、周りに何か言われるとそう言い返していたのを覚えています。

この頃私を目の敵にする女子が1人いて…その子から執拗な意地悪をされていましたが、その子は引越ししたのでしばらく平和な時を過ごしました。

小学校3〜4年の時にはイジメが始まりました。
レックが原因かどうかは分かりませんが、当時シラミ検査を養護教諭が行い、1人の男子が「こいつシラミおった?」と聞いた時、その先生は無言だったのか、「うえー!こいつシラミおるんやー!!」と騒いだことが引き金になりました。とはいえ、男子と一部の女子からからかわれるくらいでした。

中学に上がると、それまで2クラスだったのが、7クラスまで増えたこともあり、イジメは少しずつ悪質化しました。靴を隠される、体育の後制服がない、黒板消しを投げられるなど(もうあんまり覚えてない)。読書感想文でイジメの題材の本を読んで書いた内容が問題となり、学級会が開かれイジメは収束しました(一部の人のからかいに戻った)。
中学2年生の頃、右胸の下あたりにシコリを感じ、乳がんを題材にしたドラマを見たばかりだったので、すぐに母に相談しました。
母は初めて私を大学病院に連れて行き、私はそこで初めて病気を知りました。
MRIを受け、おそらく神経繊維腫による良性のシコリだろうということでした。当時はネットもなかったので「あぁ、私は難病なんだ。悲劇のヒロインなんだ」と思っていました。

高校は、同じ中学からは誰も行かないところへ行きました。3年間大きな問題もなく過ごしましたが、ちょっと浮いていたかもしれません。
右胸のシコリは年に一度大学病院に診せに行ってました。

大学も私のことを知らない人ばかりのところに行きました。田舎の大学でしたが、割と充実した生活をしていました。
この頃は大学生活が楽しかったからか、病院に行った記憶がありませんが、診てくださってた先生が大学病院から医療センターに移ったこともあり、もしかしたら行くのをやめてしまったのかもしれません。

大学を卒業し、福岡に戻り、医療センターに診察に行った際、「あら、また来たの?」と言われ、ここでは診てもらえないんだと落ち込みました。(たしかに毎年紹介状なしの初診扱いだった気がするし、何か検査をしていたわけではない)
その頃にはすでにネットが普及していたので、自分で調べ、福岡大学に専門医がいることを知り、近所の皮膚科医に紹介状を書いてもらって診てもらいました。
背中に1箇所、渦を巻いて神経を圧迫しているものがあったようで、しかもそれは悪性化しやすいものと言われ、23歳と24歳の時にイボ状のも含め手術で取りました。ここで初めて病理検査も行いました。
その後、光線治療(カフェオレ斑に有効かも、という本来は乾癬の治療に用いるものだそうです)のモニターをしましたが、私にはあまり効果はなかったようで…。(でも、実際は有効だという検証結果は出ているそうです)
仕事の関係で定期的に行くことが難しくなったからか、はたまた担当医の転勤だったか、理由は忘れましたが(おそらく前者)、その治療も1〜2年で終了となりました。

現在は1年おきに診察し、気になることがあれば相談→必要があれば検査という流れですが、検査まで行き着くことはなく元気に過ごしています。

2014年に結婚し、2017年に長女を出産し、今に至りますが、若い頃はカフェオレ斑だけだった体も、イボ状の神経繊維が胴体に100個近くあります(もしかしたらそれ以上?)。

幸いにもびまん性はなく、側わんもありません。