伊勢湾に注ぎ込む
長良川、木曽川流域を描いてきた。
水の質量により、
その風土の営みが
かたちつくられていくのが
見てとれた。
ときには、見とれた。
のは、
なぜか?
世界はフラクタル。
自己相似形。
その木の樹形に似た葉っぱの形容が
ものがたるこの世界。
人体の水分比は70%、
地球の表面積の70%は海。
ならば、
目の前の水環境によって、
地域全体の社会環境の
良し悪し清濁優劣や調和安定に
大きく左右されると思う。
もっと言うなれば
1日の中の考えや行動の7割を
たえず、水などの自然にかかわることを
思い、判断材料にして
物事を決めてるか?
暮らしているか?
もし、人以外の全生命が
むろん、それを実践してるなら
その地域にいる人が
してないなら集合意識の
均衡はどうなるやろか。
その町は、
ー本質暮らしやすいランキングーは
圏外やなかろか。
今ボクは水との実験中なんやと思う。
神戸滞在先の地名は「垂水」
そこには
修道院のような寺子屋のような、
はたまた
江戸の茶屋のごとし、
日々喜劇かミュージカルな
美容室「グランムーン」
2階リビング窓辺からは
瀬戸内の海と淡路の島が見える。
そんな風光明媚な「歌敷山」
その住居兼店舗の一室にて
この絵と文章を描き書いてる。
あれから3か月。
3枚目のこの作品に
取りかかってはや48日目。
その間、
ボクの水環境は刻々と変わってる。
それは、活性した波動の高い
BeONE水たちとの付き合いが
始まったからだ。
単に、この建屋にいるだけで
活性した水時空の中にいる。
身體、顔や髪の表情の変移を
見れば一目瞭然の助。
この環境が
風土絵を描かしてくれてる。
水質の良いイマジネーションからの
クリエイション。
それも今描いてるテーマは
水に焦点をあてた「BeONE」。
そして
三部作と決めた3作目進行中。
💧💧💧💧💧
もとい!!
さてもうひと川ある。
揖斐川。
揖斐川の水は
何をもたらしてくれてるだろう。
川を地図上でさかのぼる。
大垣市があった。
「水の都」といってはる。
なんなん?
(藤井風メロディ乗せてもよし)
なんでも、市内あちこちに
「自噴水」なるものが湧き出てるとか。
水が身の回りにあり、
見たりふれたりできる街。
現代においては貴重な状況やね。
自噴水マップを見た。
そのうちの1か所に
和菓子屋さんがあった。
「金蝶園総本家」
江戸のころに創業。
代表的な菓子は
「水まんじゅう」やった。
水の都の水まんじゅうを
モチーフ(餅やったら韻ふめたな)に
大垣を表現することにした。
まず第一歩。
松尾芭蕉が
かの奥の細道の旅の最終地が
ここ大垣やという。
ふむふむ。
詠んだ句は…
なぜ大垣か…
ほんまの目的使命は…
さすれば、はからうべき構図に。
市中河をゆくたらい舟で
再会し、そこで句を交わす。
それは、
2人だけが通じる隠語だろう。
なぜか、川は皮?
大きな水まんじゅうに
ぷるんと浮かんでる。
とつじょ、
たらい舟での会話〜
「風情がありますなあ」
「浮世はなれも
はなれぬときもあろうかと…」
「さようですな…」
「船頭さん、こちらの水は
いかほどのものですかな」
「よく、こちらの水は甘いぞって
申しますが、甘みがあるうえに
しなやかにのびる水」
「いや、菓子づくりしてましてね、
餡子炊くときの、
伸びと艶がえらくのるんですよ」
「熱を帯びる仕事を
されておられますな」
「流れの見極めて流れにのりますか…」
「躊躇なく…」
「では、明日朝こちらをたちますか」
静かにうなづく芭蕉と谷木因。
さて二人の行く末はあとさきに
大垣を表現するに
あと二歩三歩。
それは、ハリヨと巨鹿城焼に
いきついた。
自噴水の清らかな水辺に棲む
小さな魚「ハリヨ」。
大垣の城の呼び名、
そのままに当時から城内で
作られていた焼き物。
それを水まんじゅうの中で
泳ぐ姿と
盛り付けた皿の絵柄。
そして蝶の模様は
伊勢型紙を用いたものだ。
なかなかシンプルに
水の都、
大垣を表現できたように思う。
ここで一句。
湧水(ゆうすい)の
饅頭わけて
行夏ぞ
💧💧💧💧💧💧💧💧
揖斐川をさかのぼる。
揖斐川町春日ー
この地が氣になっていたのは
神戸の友人くぼっちが、
よく話していた場所。
そこに何度も訪れていて
すてきな茶があると。
ボクもぜひ行ってほしいと熱弁していた
揖斐川町春日ー
かの明智光秀ゆかりの地。
あの春日局の父方斎藤氏のルーツ。
これボク導かれてる感じがする。
春日を覗いてみた。
すると、三者が眼にとまった。
まず、あのお茶やった。
それも代々受け継がれ在来春日茶の
ものがたりにふれた。
🟢〜「ちゃぼぼ園」さよさんの
意志を引き継ぐもの〜🟢
亡くなりし方の思いと茶畑を
つなぐソーセージ工房の森本さんの
話に感受した。
天空の茶畑といわれてる
そのままの風景に
見事にそのままに生えてるような、
まっすぐでないお茶畑の畝。
まるでそのものが生き物のよう、
その地勢に逆らわない
風土循環を保つ景観づくり。
お茶を飲む前から
味わいが伝わってくる感動。
一杯の焙じ茶が、
彼の、
「肉を詰める」だけでなく
「葉を摘む」生き方を
お茶屋だけに、かぶせたんやね。
ちゃぼぼは、茶母母。 かな?
さよさんは、
茶のある暮らしを
与えてくれた茶与さんとなった。
🔽春日のお茶物語は、
左円の中の左側に、描いてる。
彼のソーセージは、
食べてみたくなったな。
くぼっちが熱をあげてる理由も
うなづけたわ。たしかに!
💧💧💧💧💧
そして、麻のある暮らし生業
「麻処まあさ」をされてる
ご夫婦のものがたりにもふれた。
🔵〜古来、日本の里山暮らしに
あたりまえにある麻稲真菰文化の
意志を引き継ぐもの〜🔵
彼らの取材記事や動画を観た。
田畑・炭焼き・染め・織りの風景が
光る。春日村が育む営みに感受した。
この選択は
自ずと然り、
水を豊かに生きるための調和としての
土と火とのお付き合いも
ご近所付き合いに慣れ親しんでいく様を
あらわしていた。
とくに印象に残った場面を
絵のひとコマに加えた。
麻の生地を
ハサミで裁断する場面だ。
ゆっくりでいて確実に分けられていく。
そこには、彼女の思いのあらわれが
くみとれた。
余すことなく、このいのち、
このめぐみを使い切ってあげたい。
「切る」という行為所作に思う。
「大切」という言葉を思い出す。
大きく切る…
断ち切る…その瞬間は
もう引き返さない、もう戻せない…
もういくぞ、もうやるぞ…
意思のあらわれ。
わかれる、わける、わかるとは
そんな意味合いをはらんでるのかも
知れない。
布を大きく断ち切り、ふたたび
あらたな生を繕う。そして纏う。
鮮やかな染めの色にも
春日の生が宿ってるようだ。
実は、ここの旦那さんに
出会ったことがある。
もう、15年くらい前にどこかで。
名刺をもらった記憶。
伝統ある地場産業でもある
大麻を振興する会の役職が
記されていたのは覚えてる。
ふしぎなご縁を感じる。
💧💧💧💧💧
構図上、
もうひとつの物語を探していた。
「ギフコーラ」ひっかっかった。
それこそ、なんなん?だ。
それも薬草を
原材料に用いてのコーラ!に
ダイブした。
🟡〜刺激だけでない、
滋養するクラフトコーラで、
伊吹薬草文化を継ぐもの〜🟡
地元岐阜の恵みを恵む飲みものに
した3人組の物語にふれる
ことができた。
春日の人々は
暮らしのなかで草を雑に扱わず、
薬らしく薬として付き合ってきた。
それを現代に表現したのが
この手作りコーラ。
そしてビール。
岐阜からのギフトやね。
「岐阜」という
地名にもあらわれてる。
ギフとは、
険しい山谷から育まれた恵み
あふれた土地を示したく、
織田信長が名付けた、と。
たしかに
三本の川の源の山谷は
奥深く険しい土地だ。
だからこそ、その平野部の
多くの生命を潤すだけの富を
もたらせているのだとわかる。
この三様三葉の恵むを
取り囲むものを描きそえて
完成となった。
ギフコーラからからのビールの名前、
「環」のマークをコラボした。
そして春日の風土をあらわしたく、
現地におられる、
「さざれ石」さんを描き、
三様をのせた。
「君が代」という意味深なタイトル。
♪イはオと成りて♪というメッセージ。
いにしえからつづく春日八幡の
太鼓踊りのふたりが
お茶とコーラで彌栄してる。
春日の村の日本。
くぼっちの熱、
「なんなら一緒にいきましょか」
よくわかる氣に、なってきた。
💧💧💧💧💧
最後にもう一杯だけ、
さしあげたい。
「春日薬草店」
店舗をもたず、
ー藝術茶ーなるものを
世に放ち、春日の茶や伊吹山の薬草を
通じて、日本のたえず古くたえず新しい
伝えしものを、伊吹山と共に
描いてみた。
関西で生まれ育ち、
北陸9年暮らしてたのもあり、
滋賀県側からの伊吹山は
よく眺めていたから
今回、岐阜県からの姿は新鮮やった。
あるじである彼は
当初、花火師として生きていた。
大病を患ったのを機に
火薬から薬草へ。
火薬の原料にヨモギが
使われてる因果か、
春日薬草の地に誘われ、
茶畑の茶も本来薬草である風景に
ひたり、お茶の覚醒ひろがりを
彼は仲間との出愛とともに
表現を試みた。
それを「藝術茶」と呼んでいる。
草が云うーと書いて「芸」
芸能とはなんぞや、と
根本みつめると
昨今の芸能人とやらの
ほとんどは、芸にはあらず。
さてや、あのものたちは
なにびとなんだろうねぇ〜
春日伊吹が醸すお茶ものかたり
こそ、藝の術そのものだ。
描く構図が浮かんできた。
薬草だけに花火を描こう。
伊吹山を見上げる藝術を志す青年。
そして打ち上がる花火の名は
ー伊吹百草繚乱ー
かって、信長が
ポルトガル宣教師に命じて
伊吹山麓に薬草園を
ひらいたというルーツ。
信長は秀吉家康に
夢を託した余生に
欧州の地にもふれている。
この後ろ姿に
信長の姿も重ねている。
日本の行く末を
見守り、可憐であり
儚きも美しき
花の火を
自らの生き様に重ねて…
💧💧💧💧💧
愛知県岐阜県を
やっと
めぐり終えた。
名古屋愛知の見る目が
ガラリと変わった。
岐阜を流れる三川の
流域をじっくり訪ねたい。
そして、次から三重県。
とうとう伊勢の地に入ります!
〜つづく〜
2025年7月19日記





