織田信長ー
あなたは
どんなイメージがありますか。
表現するなら、
どんな言葉になりますか。

ボクは織田信長を描いた。
風土絵の中で描いた。
鎧は着なかった。
必要ないからだ。
代わりに
龍の刺繍が入った
蝦夷錦の服を
身にまとわせた。
縄文ゆかりの出土したものを
身につけた。
なぜか?
信長は
戦のない安寧な世の中を
つくる決意で織田家に生きた。
彼は氣づいた。
かって、古代日本には
縄文という時代があり、
その間は争いなく、
人々は助け合い、あらゆる生命を
尊重し生きていた時代。
戦のたびに、作物を作ってくれてる
百姓たちが戦にかられたり、
田畑を荒らされたりして
嘆き苦しめてしまうことに
心を痛め、誓いをたて
ゆるぎなく純粋に邁進した。
それは、幼少
吉法師のころから
育まれていた友愛の精神。
そのために表向きには
鬼と化したり、うつけ者を演じたりと
天下を取るために
藤吉郎時代からの秀吉、
そして
竹千代時代からの家康と組み、
念願の江戸400年という
戦国の世から
平和な世を実現させた。
このことを知ったボクは
信長の始祖が生まれ育った町に
暮らしている。
越前町にある織田地区。
読みは「おた」
泰澄ルーツの町でもあることも
ご縁感じるけど、
導かれた理由は
織田信長に引き合わせるためやと
今は思う。
なぜか?
同じ志を持つ方に
この町で出会ったからだ。
それは、この町が生まれ変わろうと
している時期にだ。
現役町長から
劇的に新町長に変わったばかり。
なんの後ろ立てもなく、
ただただ
民衆にひらかれた行政を
実現すべく立ち上がり
その熱意を、ボクも確かめたくて
一度集まりに出かけた。
熱かった。
ただ感じたことは
この純粋な思いを援護推進する
策略家軍師
クリエイターがかたわらにいるなあ。
信長で言えば、光秀、竹千代、藤吉郎。
そんなことにつながる
町のことや、これからのことを
その方と、2度目の出会いのときに
ゆっくり深くする流れになった。
場所は
とある蕎麦屋。
予約していただいたので
先に着いたら、
はなれの広い座敷に通された。
金の龍さんと軽やかなる人
もみじと動物たち
めざす世界を示されたような絵画
お互いに、
それまでの生き様を語り、
なぜ今、この町にいるのか、
共有しあった。
蕎麦屋だから
蕎麦を味わいながら。

🔼十割蕎麦、クルミだれ
ボクのこのブログも熱心に楽しんで
くれていて、これからのボクの方向に
すり合わせして合点がいったからなのか、
残り人生、悔いのないよう生きたいー
と、切り出され
自身のこれから
やろうとすることを提案されてきた。
思いっきり
ボク絡みの内容やった!?
真剣な眼差しに、
また生命力が息を吹き返した。
とある出来事により
強く揺さぶられ試されていたときの
この事象は…
ほんまに必須で起きてる…
次元が変化したんや…
一連の託生やと確信でけた。
ふたつ返事で
一緒にやってみましょう!
描きたての福井と
能登半島の風土絵も観てもらって、
この春からの
行動挑戦も受け止めてくれていたので
お互い魂一致した。
平日で座敷には、他はいない。
いや、入らせないようにされた采配。
まるで、清須会議ならぬ
越前蕎麦会議だ。
ふたりとも、これから
それぞれの配置布陣につく。
共にめざすは
争いのない愛と調和の社会、世界。
次世代の今子供たち
青年たちのためにやってみる。
どこまでできるか、
このすばらしき日本への恩返し。
江戸からの明治、大正、昭和…
久しく遠ざかっている
平和な世界。
今の日本は
戦国の世になるのかー
陽極まり陰と成す。
陰極まり陽と成す。
縄文から弥生
江戸から明治
それ以上の潮流を感じる。
ボクたちは
やるしかない。楽しみだ。
さてはて…
思いもよらぬ申出でされた
彼は、よもや
織田家の魂レベルの血筋かもしれない。
なら、関西生まれ育ちのボクは
藤吉郎秀吉か。
サルっていうよりイヌやけど。
「カムイくんに、似てるねぇ」
よく言われる。
2025年3月28日
越前の蕎麦屋「だいこん舎」
平日だからか、誰もいない。
