(何故に電子科学生活研究が必要か)
第二次世界戦争までは、物質の究極が原子であるということを基礎とした科学であって、
未だ完全に電子科学を基礎とする程度には発達していなかった。
しかるに電気科学の発達により、
原子が陰・陽両電子の完結されたものであると究明されたことは、
申し上げるまでもなく、
すでに幾多の事実となって現れている。
ものの究極が原子であろうと、電子であろうと、
別段たいした変化のあるものではなかろうと考えられようが、
決してそうではないのである。
電子というものは動的物質であり、
陰電子と陽電子とは相反するエネルギー(力)を帯び、
相対峙して常に動的存在である。
一方原子は、その陰・陽両エネルギーの相完結されている物質の単位であるから、
原子を基礎とする場合には静的物質と見ることができるのである。
このように電子を基礎として考えるときは、宇宙間には静的な物質は有り得ないのである。
従って、宇宙間に自然に発生する力の根源は、電気であることも論がない。
それなのに、我々の教育は未だ電子的観念がなく、
すべての物質は静的存在である如く認識されている。
そのために、我々が飲・食する総ての物質が、静的なものであるやに誤られているが、
電子科学の信念から考えると
空気や水は勿論、どんな食物でも
片時も動(変化・腐・新陳代謝等)いて居らぬものはあり得ないのである。・・・
一滴の水、一口の食物も勿論、どこの筋の運動である力でも、
電子科学的変化なくしては我々の生命はないのである。
これが、電子科学生活研究の必要なるゆえんである=「電気の定義」原子を構成している電子(陰電子)が他の力を受けた時、
その受けた力によって移動し、その受けた力を失う。
この失われる力が電気である。
(冊子・21世紀の健康医学“シンノオル”より 『シンノオル医療について(2)』 創始者 諏訪二山 より抜粋させていただきました)