年明けからバタバタしていて…ブログもおろそかになってしまっていてコメントの返信もできずいました。
本当にすいません。
実は年明けから母方の叔母に連絡が取れずに親戚のみんなで心配していました。
叔母は結婚はしておらず都内で独り暮らし5~6年前に足の手術をして足が不自由になり生活保護を受けて暮らしていました。
母の兄弟はみんな東北や四国と遠くに住んでいるので近くの親戚といえば姉であろううちの母でした。
母が10年前になくなってからは、すっかり連絡がなくなり…東京と近くに住んでいるのに年賀状のやり取りだけとなっていました。
毎年欠かさずにくる年賀状がこない、電話をしても出ないと母方の親戚から連絡が来たのが年明けてから2週間くらい過ぎたころ。
独り暮らしだし何かあったんではないかとマンションの管理人さんに部屋を訪ねてもらったが反応なく…やっぱりおかしいと管理会社の人に鍵を開けてもらったら部屋で叔母さんは亡くなっていました。
父から連絡を受けた時はすごくビックリして言葉がでませんでした。
私が小さい頃はよく遊びに来てくれて好きな物を買ってくれて遊んでくれました。
私にも甥と姪という存在が出来てからは叔母さんもきっと私達兄弟のことを可愛いと思ってくれていたんだろうなぁ~とよく考えるようになり独りで元気にしているのかと時々考えていました。
5~6年前に足の手術をして退院した時に一度手作りの料理を差し入れしたのが最後でした。
こんなにも近くにいたのに何もしてあげられなかった…私も父もそんな思いでいっぱいでした。
部屋で独りで亡くなっていたので遺体は警察へ知らせを受けて次の日、母方の親戚と父と私で警察へ身元確認に行きました。
変わり果てた叔母さんの姿にビックリしました…その後、検死や葬儀屋さんとの相談と1日色々なことがありました。
叔母さん亡くなったショックと慣れない警察や色々な手続きで1日かなりつかれました。
葬儀の日程も決まり明日また会う時間を決めて父は実家に親戚は宿に私は自宅へと駅で別れました。
家に帰り私も精神的にも凄く疲れたので…父も無事に家に着いかな?と心配になり電話をしたら
知らない男の人が電話に
「○○救急隊の者ですが、娘さんですか?お父さんですが先ほど買い物中に倒れられて意識はあるんですが右半身が動かずお話できませんので、今までの病気の既往教えて下さい!」
始めは何がなんだかわからず…動揺していたら電話口の救急隊の方に落ち着いてと言われ4年前に脳梗塞をしていること脳動脈瘤があって病院に通っていることを伝えました。
母も脳動脈瘤が破裂してくも膜下出血で亡くなっているので、父ももしかしたらと頭をよぎりました。
すぐに救急病院に搬送してもらい、動脈瘤の破裂ではなく脳梗塞の再発であることがわかりました。
倒れた場所がドラッグストアだったこと、そこの薬剤師さんが父の症状をみて脳梗塞だろうとすぐに救急車を呼んでくれてたことですぐに病院に運んでもらえました。倒れたことは大変でしたが…不幸中の幸いでした。
天国の叔母さんが父を助けてくれたんではないかと思っています。
色々なことが立て続けに起こりすぎて私もパニックになってしまいましたが…1週間近くたち、気持ちがやっと落ち着きました。
父は倒れた時には右半身の麻痺と言葉も話せませんでしたが、麻痺はほとんどなくなりましたが、言葉が思い出せないようで…「あれあれだよ。それなんだよ。」と以前のようにスムーズに会話が成り立たなくなってしまいました。
4年前の脳梗塞の後遺症もほとんどなくなり生活していて、今年に入り長かった独り暮らしから念願の弟家族との新居での同居と賑やかな生活が始まったばかりだったのにと…思うと涙が出てしまいますが
色々な人に助けてもらい今のところ命に別状がなくなり、こうして近くにいて話しが出来ること生きていてくれることに感謝しないといけないですね。
しばらく気持ちが落ち込みましたが、毎日病院から帰ると「一緒にお風呂入ろう」と待っていてくれる甥と姪の笑顔に元気をもらっています。
父にも子供の元気パワーをもらいながら少しずつ元気になってもらいたいです!
そして、落ち着いたら治療再開して父には私達の子供に必ず会ってもらわないと!成長も見届けて欲しいと思います。
本当に長いブログになってしまいましたが…読んで下さって本当にありがとうございました。
みなさんのブログにもまたお邪魔させていただきます♪
毎日本当に寒い日が続きますが、みなさんもどうか風邪ひかないように温かくして過ごして下さいね☆