「この中に生命の起源があるかもしれないわけですよねー」
遠慮がちながらもしっかりとした口調でその男は話し続けた。
相手にしている堀秀道はややもてあまし気味に、あいまいな相槌を打っていた。
僕は少し離れたところで見慣れない石たちをを手に取りながら、会話の行き着く先を少しだけ案じていた。
日曜の昼下がり。
閑静な練馬の住宅街にはそぐわない「鉱物科学研究所」の大きな看板のその奥、おそらく自宅の2階を増築したと
思われるこの一室は世界中から集まった無垢な鉱物で溢れていた。
暖房の行き届いた小さな部屋に、ビートルズのカバー曲が静かに流れている。
店番をしている女性は狭い室内をせわしなく動いていた。
それは働きものの蟻が巣から石を運びだす姿を想わせた。
運びだす石は永遠になくならないことを彼女は知っているのだろうか。。
「カクカクシカジカ・・・の仮説が正しいとすれば・・・」
ところで”琥珀”という鉱物をご存知でしょうか。
樹木の樹液が化石化したものだが、細かく分類すると2つに分けられる。
数千万年前のものを”琥珀(アンバー)”と呼び、数万年前ぐらいのものを”コーパル”と呼んでいる。
彼の熱弁を滑稽に感じているのは、この部屋ではもしかして僕だけなのかもしれない。
石たちは黙ったままだった。
スモーキークォーツの結晶に鮮やかなルビーがポツポツと張りついている鉱物にしばらく夢中になっているうちに、
男は帰ってしまった。
僕は安い石を数点購入した。
女の子が会計をしている間、堀さんの方から話しかけてきた。
気のいい田舎のおじいちゃんのような風貌。
ちょっと話し始めるとすぐに聞きたいことが芋づるのように僕の中から溢れてくるのを感じた。
「えっと・・・」
とエンジンをかけようとしたとき、近所の小学生がばたばたっとやってきた。
慣れ親しんだ駄菓子やにでもいるノリの彼らに、「鉱物科学研究所」はあっという間に占有されてしまった。
僕は丁寧にあいさつをしてその場をあとにした。
もう少し勉強してまた来ようと思いながら、
さっきの男が辿ったであろう駅への道を歩き出した。
風は向かい風だった。
さてこの中で染色ものはどれでしょう?