赤い月は<下巻>へと進む
満洲帝国の崩壊だ。
私の父が朝鮮木浦の陸軍にいるとき
ハルピンに出張を命ぜられた。
松花江に通じる石畳は明治の船着き場へ
行く道だ
伊藤博文首相が朝鮮人の安重根に暗殺された
ハルピン駅の裏側に当たる。
その石畳道は、戦前ロシアが占領している時は
<キタイスカヤ街>日本占領下は<ダイヤ街>
今は中央大街と名前を変えている。
だから父はダイヤ街を歩いて松花江の岸部に行った
私とモホァンジェは夜の中央大街(スカヤ街)を歩いた
この共産党がつけた名前が嫌いだ
夜になると気温は一段と下がる。
マイナス30度になっているので、空気を吸い込む
と頭がくらくらした。
満洲人のホァンジェもさすがに寒いのか
マフラーで覆面をする。
黒い瞳だけが覗いて、一段と魅惑的だ。
松花江の岸部公園には何百という氷像が
内部に赤青黄の蛍光灯を入れて輝いて
立っている。
此の世のモノとも思われない幻想の世界だ
あまりの寒さに岸辺のマックに入る。
ハルピンっ子は冬にアイスを食べる
ホァンジェもマフラーを下げて
ペロッとソフトを舐めながら
身ぶるいするような美しい瞳で
私を見上げた
「僕 春になったら 必ず会いに来るよ」
「ホントに来てくれる?」
「約束するよ、 日本は約束の時 小指を
絡ませるんだ」
湯気で真っ白になったマックの窓辺で
ホァンジェの小指に絡める。
ハルピンの氷夜は更けていった