関係無い話をしよう

昨日 書店で、初めて自腹で「文芸春秋」を買った

買う前にチラッと値段を見ると900円とある。

しかしレジでは899円と打った。

千円を出すと、101円の釣りをくれた

何だか変だと思ったが、多いので黙っていた。

帰り道 タレーラン珈琲店の前を通ると

瞳のキラキラしたバリスタがガラスの向うで

テーブルを拭いていて、

私を見つけると両手で手を振る。

文芸春秋を開くと「芥川賞150回記念・あの日の作家たち」

と言う写真企画があった。

トップは芥川龍之介と菊池寛の写真である。

五十年前の記憶がよみがえる。

菊池寛は四国高松の出だ。

祖父も高松の生まれで、両親は小さい時離婚した。

その後妻が生んだ弟の嫁が菊池寛の姉である。

こうなると出世した親戚みたいな大物に

寄ってくる「ダニ」みたいなので、40年間この話は

忌避していた。

三島由紀夫、松本清張、海音寺潮五郎など

の歴代受賞者の写真を眺めていて、

俺の此の世の最後の記録にと、書く気になった。

私の母が当時美人だったので、

大映社長の菊池寛にウチの爺さんが売り込んだ

のである。

その母もいま正に朽ち果てんとしている。

今朝 母の朦朧とした意識の中で

菊池寛と祖父のエピソードを聞き出しだのである。

その時もらった「寛」の色紙が2・3枚あったが

火事で焼けた。

百舌鳥(もず)という菊池寛の文芸誌に

爺さんの名前(男なのに碧という)が出てくいる

と爺さんから母が聞いたと言った。

「もず」を検索すると確かにあるが、

高松市の平成の頃の菊池寛文芸誌である。

どこかにあるのかもしれないが、

<それがどうした>という気もするので

もう止めた。