わたしがスープカレーを食べ始めたころ(1989年)、アジャンタ、スリ狂、木多朗は表面にたくさんの油が浮かんでいたと記憶しています。こってりが好みなので喜んで食べていたのですが、ネットで油は悪者扱いされていたように思います(わたしの勝手な思い込み)。アジャンタは今も油がたっぷりでうれしいですが、木多朗も油が減ってヘルシーになりましたが、不健康なわたしは大変淋しい限りです。ラーメンの純連もたっぷりの油の膜がありますが大好きです。中華とか大好きなんですが、油があるのがあたりまえになってるからなのかしら・・・。歳をとってくると世の中のスピードについてゆくのがたいへんになってくるので昔のままの味(時代と共に微妙に進化しているのでしょうが)でいてくれる店は本当にありがたいですね。
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あたりまえに使っている「スープカレー」という言葉はいつできたのかなぁ?
マジックスパイスが「スープカレー」という言葉を作ったんでしたっけ。
昔、木多郎、アジャンタの看板には「インドカリ」、スリランカ狂我国には「スリランカカレー」、そして、マジックスパイスには「インドネシアカレー」と書いてあったような記憶なんですけど・・・
まあ、どうでもいいんですけど、ちょっと気になったものですから。
それじゃ、また(村上カレー店のまね)
私が初めて専門店でカレーを食べたのは、私の記憶が確かならばあれは私が19歳であった1989年3月下旬、今は超有名店となった澄川の木多郎。店に入る前から強烈なスパイスの香り。何を注文したかは記憶がないが、多分チキンの辛さ3番くらいではなかろうか。出てきたカレーの色、香り、それは本当に人生観が変わってしまうほどの衝撃でした。インドのカレーはこういう味なんだ、こんなにもうまいんだと大きな勘違いをしながら食べた記憶があります。田舎者で大学進学により札幌に来た私にとって、「札幌というところはすごい、こんなうまいカレー屋があるなんて・・・。きっと、もっとたくさんこういう店があるに違いない。うまいカレー屋を食い尽くすぞ!」と訳のわからない熱い決意を胸に秘めたのでした。しかし、木多郎の味にハマッてしまった私は木多郎通い(通ったといっても学生であった私にとって一食900円はきつく、月1回か2回くらいだったのではないかと思われるが)により、次のカレー店に行ったのは、その年の夏となってしまったのでした。⇒次回へつづく