冷たい。
夕立の中、私は立ち尽くしていた。
何もかもがうっとうしい。
私を囲むようにそびえ立つ、コンクリートの壁、体中に降り注ぐ激しい雨、血に染まった刃。
すべてがうっとうしい。
二人だけの時間、最愛の友人との別れ。
今の時間を。
今の空間を。
今の全てを。
花のように。
石のように。
死のように。
静寂につつまれたかった。
葬送曲を奏でるのは、弾け、飛び散る、雨だけでいい。
視線を、舞う花びらのようにゆっくりと降ろす。
視線の先には、少年の死体。
地面が赤く染まろうとするのを、許さないかのように、少年から漏れる赤は、雨に流されていく。
私が塗った。
赤く塗った。
赤く少年を塗った。
赤しかなかった、私に与えられていた色は。
手袋も。
持っているナイフも。
赤く、きたなく、汚れている。
「こちら、ハイエナ。ジャッカル応答願う」
感傷に浸る私をよそに、腕時計から聞き取るのが、やっとなぐらいの、小さな声が聞こえてくる。
今回雇った仕事の仲間だ、動物の名前は偽名だ、本当の名前なんて覚えていない、欲しいとも思わない、私は私が嫌いだから。
少し疲れた。
腕時計から聞こえてきた声は、私には邪魔な存在だ。
せっかくの、静かな時を壊される。
「こちらジャッカル、ゼブラは食したすぐに戻る」
「こちらハイエナ。 了解した三時にレインボーで会おう」
「了解」
簡単な会話、人と話すときはいつもそうだ、別に馴れ合おうなんて思わないが、少し寂しい気がする。
あの時の私も、人と馴れ合うのが苦手だった。
昔の友達の名前が、一瞬頭を過ぎった。
「百合香」
気が付けば、頬を流れる雨が生温い。
ああ。
私の、涙か。
「さようなら、アルベルト皇太子」
ポケットから取り出した、小さなロザリオの首飾りを、死体となった、少年の首につけて私は空虚な世界を去る。
「さようなら」
ビルとビルとの間を抜け、ようやく人がいる場所に辿りつく、ここから先は商店街が並んでいるせいか人が多い、様子を伺って、誰にも見つからないようにビルの間から街に出る。
この夕立の中、傘もささずにいるのは私だけ。
目立つだろうか、髪の毛から顔に、顔から首に、首から鎖骨に、雨が流れ、何度も濡れた服で顔をふく。
「このまま雨と一緒に流れてしまいたい」
そう思った矢先に、雨が止み始める。
「私は、神にすら嫌われている」
明るくなり始めた空を見上げて、皮肉をこぼす。
腕時計をみると二時半をさしている。
少し急がないと、早歩きでレインボーという名の、レストランに向かう。
数十分歩いて、商店街に入る。
ショーウインドのガラスに、私の姿が映る。
茶色い腰まである濡れた髪、カラーコンタクトを入れている青い目、今回の仕事で着ている、ピンクのミニスカートと、白いブラウスその上にピンクのブレザー、それが今の私である。
皇太子の教育係。
それが仕事のための擬装、嘘の自分だ。
数分後ハウスレインボーを見つけ中に入る。
店の中は夕食時のせいか賑やかだ。
うるさい。
疲れる。
苛立つ。
私は感情を表に出さないように、仕事仲間のハイエナを探す。
ハイエナはすぐに見つかった。
外人だらけの場所に、私と同じ日本人。
店の奥の窓際の丸いテーブル、そこにハイエナがいる。
ハイエナは女性で年は二十代後半、いつも黒いワンピースを着ている。
彼女は実際には動かず計画を立てるのが仕事だ。
彼女のたてた計画を、実行するのが私で、彼女は私が動いている間にいろいろな手回しをしている。
今回のターゲットと、二人きりになれたのも、彼女おかげだ。
彼女とは三回目の仕事である。
私は、仕事を依頼されたらパートナーを探す。
考えるのがめんどくさいので計画を考えるブレーンが必要なのだ。
簡単には見つからないので、同じ人間に頼むことは何度もあった。
他の同業者も同じ事をしている。
ただ、パートナーを持つ上で三つ覚悟を決めなければいけない。
ひとつは裏切られる覚悟。
二つ目は裏切る覚悟。
三つ目はいつでも殺すことができる覚悟である。
たいがい二つ目と三つ目は一緒になるときが多い、今まで殺してきたパートナーは五、六人だ意外に少ない。
彼女は今までの経歴や、一緒に仕事をした時の事を考えると、裏切る可能性が低いと思ったので、今回の仕事に誘った。
他の仕事をキャンセルして二つ返事で了承してくれた彼女には感謝している。
「どうしたの? ボーとして、もしかして、ここうるさいから怒ってる?」
「少し」
彼女は私のことを少しは理解してくれているようだ。
なぜかうれしくなる。
だけど周りのうるささでそれもすぐに消える。
「これ、今回の分け前ね」
彼女は、銀行のキャッシュカードと今回の報酬の書かれた紙を私に渡す。
キャッシュカードにはキャサリン=グレイシアと偽名がかかれている。
報酬の金額をみると、当分は仕事をしないですむ、少し休みたいから国に帰ろう。
そうしよう。
唯一私の思い出が残っているあの場所に、私は帰ろう。
「これからどうするの?」
ハイエナは私の目をじっとみて、今後の予定を聞いてくる。
「国に帰るわ」
「国って日本のこと?」
「そう」
私の故郷日本。
親友の百合香が眠る日本。
悲しい思い出と楽しい思い出がある日本。
私は、ハイエナと少し話をして店を出る。
雨も完全に止み、空には無数の星が輝いている。
街灯や人気のない場所まで移動し、夜空を見上げる。
夕立の後の空は晴れていて、星がまばらに輝き、とても綺麗だ。
私は少しの間、夜空を見上げこれからの事を考え始める。
日本にいったら身を潜めて、静かに暮らそう、百合香の眠る場所の近くにしよう。
「!!」
唐突に背中のあたりが痛んだ、すぐに後ろを振り向くと、ハイエナがナイフを持って冷たい表情で、私を見ている。
背中を触ってみると、何かが刺さっているようだ。
多分ハイエナが持ってるナイフだろう。
痛みを堪えそれを抜く、背中から抜いたのは、予想通りナイフだ。
手に紅い血がついている。
「どうして?」
「ごめんなさい、これも今回の仕事のうちなの」
彼女は無表情で坦々と質問に答えながら近づき、私の腹を刺すかわすこともできなかった。
ナイフの刺さった腹部から血が少しづつ流れ始める。
「さようなら」
そう言ってハイエナは私の腹部からナイフを引き抜く。
激しい痛みと、一気に流れ出した血のせいで、意識が薄れて行く。
私を殺したつもりなのか、彼女は背を向け歩き始める。
人は信じるものじゃない、最後に思ったことがそれだった。
どうでもいい人生、これから生きて何をするわけでもない、ある意味これでよかったのかもしれない。
でも後始末はつける。
私は意識が薄れ、倒れていく体を無理に動かし、最後の力を振り絞ってポケットから銃を取り出し、力が入らなく奮える左手を右手で押さえ、彼女の足に向け放つ。
右太股を銃弾が貫き、彼女はその場にうずくまり、憎悪のこもった表情でこっちを見る。
彼女は、銃をまだ構えている私を見て、憎悪が、悲痛の表情に変わる。
二発の銃弾が放たれ、彼女の眉間を貫く。
この一撃で彼女は絶命し地面に、赤く色を塗る。
薄れ行く意識の中で、私も静かに眼を閉じ死を待っていた。
百合香。
もうすぐそっちに行くよ、でも会えないかも。
私は間違いなく地獄に堕ちるわ。
永遠にさようならだね。
百合香。
守ってあげれなくて、ごめんなさい。
あなたは、私を恨んでいるのかな。
百合香。
私を許してくれますか。
こんな生き方しか出来ない私を。
百合香。
あなたなら私を哀してくれますか。
百合香。
私は。