日常ブログ -3ページ目

日常ブログ

すこし変態が書く

中1のブログです

2世紀末?当時の王朝の後漢王朝は、内部の抗争によって腐敗していて、その権威は失墜した。


国土は荒れ、田畑を失った民は張角の唱える太平道に救いを求める。(

太平道は、いわゆる宗教)


その太平道の教祖、張角は「蒼天己に死す、黄天当に立つべし。歳は甲子に在りて、天下大吉とならん」コピペ


という言葉を広め、民衆に反朝廷の気運を高めていった。


張角「後漢王朝ぶったおーーーーーーす」




184年? 張角は、天下取りへと乗り出し、自ら大賢良師となのり反乱を起こす。


しかし、この動きが密告さればれてしまう。


そしてついに挙兵し、何十万の民を連れて乱を起こす。(黄巾の乱)


ちなみに、その民たちは目印として頭に黄色い布を巻いてたらしい。そのことから「黄巾兵」と呼ぶ。



黄巾兵は各地で朝廷を倒しました。


やっと朝廷は動き、義兵募集しました。


これをみた劉備は、参加し意気投合した張飛、関羽と、


劉備、張飛、関羽「我ら義兄弟の契りを結ばん!!」


と義兄弟の契りを結びます。


そして曹操という武将が、いち早く張角の弟、張宝、張りょうを破る活躍を見せた


遅れて参戦した劉備も張角の包囲網を破り、窮地の董卓を救う


まぁそんな感じで黄巾軍は劣勢に近づきましたが、張角の病死によって決定的になりました、


乱は年内に静まり、残党も孫堅にとって鎮圧されました。


はい、めでたしめでたし。


しかし、長い間争乱の時代が来る事を、まだだれも知れなかった




1終わり