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日常ブログ

すこし変態が書く

中1のブログです

黄巾の乱が平定されたのち、朝廷内では勢力争いが激化していた。


この混乱に乗じて台頭したのが西涼の董卓。


董卓は軍事力は背景に朝廷を牛耳って、専横を振るった


横暴に、群雄たちは反感を持った


曹操は単身で董卓暗殺を試みるが失敗。故郷に逃れる。


曹操は董卓を討つべき他国に檄を送り、逆賊。董卓を討つべき挙兵した。



曹操の檄に、袁紹・袁術・孫堅・馬騰など集まった


劉備も義兄弟らを引きつれ、董卓討伐連合軍が結成された。



190年? 冬、名家出身の袁紹を名手とした連合軍は、董卓の居座る洛陽をめざして攻め上がる。


まず連合軍の先方。孫堅が、洛陽の東にある拠点へと迫った。


一方の董卓は、拠点の守将に華雄に送る。


勝利したのは、孫堅だった。


だが、袁術が兵糧の補給を怠り、混乱になったのを見て、華雄は孫堅軍を返り討ちにする。



勢いに乗った華雄は、連合軍の本陣に迫る。


連合軍の将が次々と討ち取られる中、劉備の弟、関羽が出て間もなく華雄の首をさげて帰還する。



董卓はこの報を聞いて、要害の地・虎牢関にこもった。


関前に陣取るのは呂布。その武勇に連合軍は歯が立たない。


いましも武将が討たれようとしていたとき、張飛が躍り出た。


張飛は前線するも、呂布は怯まない。


義兄の関羽も加勢するも怯まない。


ついに劉備も加勢し、隙を見て呂布は逃げ出した



董卓は呂布が敗走し、形勢不利と見た董卓は、直ちに軍勢を率いて洛陽に退却。


長安への遷都を強行すると、洛陽に火をかけ、帝や、民を連れて長安へと去った。




連合軍は董卓撤退の形で勝利し、群雄割拠の時代となる




ここら辺から曹操、孫権、劉備が活躍します


3へ続く