【ご報告】
この度、私 L.M.DOGG(ラーメンドッグ)は、長い間お世話になった
KARASS CASTLE RECORDZ を、脱退する事になりました。
今までは、自分で自分の事をするとゆう当たり前の事を忘れ、
やってもらえる環境を作ろう、動いてくれる人間に頼もうと、
何とも他力本願な考えで生きて来た自分に対して嫌気がさしたのが本音です。
考えてみれば、初めての自分の声が入ったCDをリリース出来たのも
【裏表町3丁目】HIGH LIFEのHANA君のおかげだし、
その後に、HANA君のアナログに入れて貰ったり、
その曲がHANA君のソロアルバムに入ったり、
そこからYOWTH君の【FLOWERING】にFEIDAと参加したりと
本当に有り難いとしか言いようの無いラッキーボーイな私です。
なんせ、自分がRAPを始める前から見ていた
憧れの岡山の二代看板である二人の作品に参加出来たのですから
ちょーしこいてたんでしょうね。。
そうこうしていたら、ずっと闘病生活で苦しんでいた父親との
別れがやって来ました。余命半年と先生からの宣告を受け、、、
正直、焦りました。。。
その頃すでにYOWTH君は、最初の場所で事務所を
構えKARASS CASTLE を立ち上げていました。
自分も良くそこに遊びにいく様になり、お互いの理想論や
これからの事を話したりする関係になっていました。
先生からの宣告を受けたその日に僕は、YOWTH君の
所へ行き、事情を説明して直ぐにでも何か形に残る物を親父に見せたいと
お願いをしました。
その気持ちを察してくれて出来たのが【CHANG PONG】です。
同時にKARASS CASTLE RECORDZに所属する事になりました。
とにかく大急ぎで作りました。RECは自分の制作の合間をぬって
DJ ZEEKに無理をいい、当時、朝から夜まで働いていたDJ COOさんに
深夜遅くまでMIX作業をしてもらい、他にも色んな人の協力のもと
やっとの思いで完成しました。
しかし残念ながら出来上がったCDを父親に見せる事は出来ませんでした。
半年と宣告されていたのが、結局、四ヶ月程で逝ってしまいました。
葬儀が終わり、納骨をすませた後、ラジカセをお墓の前に置いて
最初から最後まで爆音でかけました。
それが出来ただけでも、自分にとって間に合いはしなかったけれど
もっと親孝行もすれば良かったけれど、
少しでも、最後に出来た事として心の救いになりました。
そのCHANG PONGを制作している時に、既に次ぎのプランが
出来ていました。
それが【LA RAINBOW】です。コンセプトを
1からYOWTH君と考えて自分では想像出来ない様な
タイトルにトリックアートを隠す、何ともYOWTH君らしい
アイディアに感動しながら、FLOWERING
でおなじみのDee-Enwのフルプロデュースで完成させました。
初めての流通音源でもあった為、本当に色々勉強になりました。
これからの自分にとって、これほどの経験をさせてくれた事に
本当に感謝しています。ありがとうございます。
そして、何気なく過ごしていく生活の中で自分がラッパー
として何時まで出来るんだろう?あの頃、思い描いた
自分に近づいてるのだろうか?あーでもない。こーでもないと。
自然と自分と向き合う時間が多くなりそこで考え方や感じ方が
今までとは変わってきたのです。
最初に話した通り今まで人任せだったことにきずかされ
残された時間は誰かのせいに出来ないよう、しっかり自分の
足で前に進んで行きたいと、自分でやってみたいと、
YOWTH君に話しました。
誠に自分勝手な自分の思いにYOWTH君も心良く背中を押してくれて
今日の話にいたります。
うけた恩はまだまだ返せていませんが、
これからの自分の行動や活動で少しでも返せれたらと
思っています。
長くなりましたが、これからは
ラッパー LA-MEN DOGGとして
一層の努力をしていきますので
これからもどうか暖かい応援を宜しくお願いします。
今まで本当に ”ありがとう” de これからも ”よろしく” っす。
L.M.DOGG
この度、私 L.M.DOGG(ラーメンドッグ)は、長い間お世話になった
KARASS CASTLE RECORDZ を、脱退する事になりました。
今までは、自分で自分の事をするとゆう当たり前の事を忘れ、
やってもらえる環境を作ろう、動いてくれる人間に頼もうと、
何とも他力本願な考えで生きて来た自分に対して嫌気がさしたのが本音です。
考えてみれば、初めての自分の声が入ったCDをリリース出来たのも
【裏表町3丁目】HIGH LIFEのHANA君のおかげだし、
その後に、HANA君のアナログに入れて貰ったり、
その曲がHANA君のソロアルバムに入ったり、
そこからYOWTH君の【FLOWERING】にFEIDAと参加したりと
本当に有り難いとしか言いようの無いラッキーボーイな私です。
なんせ、自分がRAPを始める前から見ていた
憧れの岡山の二代看板である二人の作品に参加出来たのですから
ちょーしこいてたんでしょうね。。
そうこうしていたら、ずっと闘病生活で苦しんでいた父親との
別れがやって来ました。余命半年と先生からの宣告を受け、、、
正直、焦りました。。。
その頃すでにYOWTH君は、最初の場所で事務所を
構えKARASS CASTLE を立ち上げていました。
自分も良くそこに遊びにいく様になり、お互いの理想論や
これからの事を話したりする関係になっていました。
先生からの宣告を受けたその日に僕は、YOWTH君の
所へ行き、事情を説明して直ぐにでも何か形に残る物を親父に見せたいと
お願いをしました。
その気持ちを察してくれて出来たのが【CHANG PONG】です。
同時にKARASS CASTLE RECORDZに所属する事になりました。
とにかく大急ぎで作りました。RECは自分の制作の合間をぬって
DJ ZEEKに無理をいい、当時、朝から夜まで働いていたDJ COOさんに
深夜遅くまでMIX作業をしてもらい、他にも色んな人の協力のもと
やっとの思いで完成しました。
しかし残念ながら出来上がったCDを父親に見せる事は出来ませんでした。
半年と宣告されていたのが、結局、四ヶ月程で逝ってしまいました。
葬儀が終わり、納骨をすませた後、ラジカセをお墓の前に置いて
最初から最後まで爆音でかけました。
それが出来ただけでも、自分にとって間に合いはしなかったけれど
もっと親孝行もすれば良かったけれど、
少しでも、最後に出来た事として心の救いになりました。
そのCHANG PONGを制作している時に、既に次ぎのプランが
出来ていました。
それが【LA RAINBOW】です。コンセプトを
1からYOWTH君と考えて自分では想像出来ない様な
タイトルにトリックアートを隠す、何ともYOWTH君らしい
アイディアに感動しながら、FLOWERING
でおなじみのDee-Enwのフルプロデュースで完成させました。
初めての流通音源でもあった為、本当に色々勉強になりました。
これからの自分にとって、これほどの経験をさせてくれた事に
本当に感謝しています。ありがとうございます。
そして、何気なく過ごしていく生活の中で自分がラッパー
として何時まで出来るんだろう?あの頃、思い描いた
自分に近づいてるのだろうか?あーでもない。こーでもないと。
自然と自分と向き合う時間が多くなりそこで考え方や感じ方が
今までとは変わってきたのです。
最初に話した通り今まで人任せだったことにきずかされ
残された時間は誰かのせいに出来ないよう、しっかり自分の
足で前に進んで行きたいと、自分でやってみたいと、
YOWTH君に話しました。
誠に自分勝手な自分の思いにYOWTH君も心良く背中を押してくれて
今日の話にいたります。
うけた恩はまだまだ返せていませんが、
これからの自分の行動や活動で少しでも返せれたらと
思っています。
長くなりましたが、これからは
ラッパー LA-MEN DOGGとして
一層の努力をしていきますので
これからもどうか暖かい応援を宜しくお願いします。
今まで本当に ”ありがとう” de これからも ”よろしく” っす。
L.M.DOGG
























