昨日旧友の小川文明さんが亡くなられたこと、共通の友人の


アレンジャーの十川さんのツイッターで知りました。


旧友とは呼べないほどずっとお会いしてなくて、接点も少ないのですが、


ツイッターでも書いてるように、


私が大学生の時、ヤマハのオーディションに自作の曲『雨の日』を応募し、


それが一次審査を抜けて、


全国大会エントリー曲用に最初にアレンジしてもらったときに、


文明さんがキーボードを弾いてくださいました。


デビューするまでバンドはおろか、人前で歌ったことのない私にとって


文明さんは最初のキーボードミュージシャンです。


上手な人。面白い人。繊細な人。才能ある人。


昔、コッキーポップという番組があって、初めてラジオで流れたバージョンには


彼がこだわって何度も弾きなおしてくれたシンセのメロディーが入っています。


(コンテスト用アレンジなので、世に出てるレコードバージョンとはちがいます)


あれから私も十川さんも文明さんも大阪から東京に出てそれぞれの音楽を


やってきましたが、文明さんとは2,3度お会いしただけで


一緒にステージをすることはありませんでした。


それでもどこかでつながっているのが音楽の世界なので、自分では


旧友のつもりで気づけば25年以上たっていました。


25日のお昼、私はフェイスブックにも書いたように、


民間放送連盟のお仕事で、トーク&ライブをしていました。


「音楽にできること」という題で、


奈良から自作の曲をコンテストに応募したことで自分の夢が始まった、


みたいなことを話し、自分の25周年の日ということも


ファンのかたのツイートで気づいて(;^_^A


急に昔のこと思い出して、


本当に数年ぶりにその応募曲の『雨の日』を歌ったんです。




会場の方は、全国のテレビ・ラジオに関わる放送局の東京支社長の方が


主なんですけど、みなさん最後まで楽しく聞いてくださり嬉しかったです。


で、最後は


「手をつなごう」でもちろんバンザイしましたわーい!わーい!わーい!



ラジオ体操じゃありませんよ(笑)





翌日26日の夕方友人のコンサートに向かう電車の中で十川さんのツイッターで


文明さんが亡くなられたこと初めて知りました。





驚きと空虚な気持ちで座ったホールで、最初の演目は福島和夫さんの作曲された


現代音楽(と言うのかな)『水輪』という打楽器奏者2人とピアノ2台という


神秘的な音楽でした。



その打楽器が和の波紋を思わせる響きで、ピアノも幻想的で、


何か天上に逝く人へのオマージュに私には感じました。


今日この音楽に逢えてよかったな、と思えて、すーっと心が楽になりました。


帰宅して、ネットで検索したら、


私が25日『雨の日』を歌った頃、文明さんが旅立つ準備をされて


いた時刻だったとわかりました。




花開くニコニコ








デビュー25周年にスタッフからいただいたお花。


デビューのかけらもなかった頃に私の音楽に関わってくださった


小川文明さんにあげますねラブラブ!


同い齢だったんだね。


ありがとう。いっぱいありがとう。