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karapman通信

ラグビーの事。
仕事である有料老人ホーム紹介に関する出来事。
家族の事。
その他、日々の出来事を記録に留めておきたいと思います。

息子の状態ですが、一言で「良好かな?」です。
痔瘻の傷は2年半掛かりましたが、傷口が塞がって1ヶ月以上経ちました。
前回松本医院に行ったのが2月末頃。
今回は11月中旬に行く事になります。
これまで2回は私と一緒に行きましたが、今回は1人で行きたいとの事。
高速バスで行くか?新幹線で1泊して帰るのか検討段階です。
前回までと違うのは、痔瘻の傷が完全に塞がった事ですね。
最近では調子が良いからか、煎じた漢方薬の減りが遅く、2週間分の漢方薬が1ヶ月近く持ってる状態です。
お灸もやらなくなってきて、それでも体調に変化が無いからか、余計にやらなくなってます。
まだアトピーが出てない事で、完治宣言は出てませんが、状態は親からみても確かに悪くは無いみたいです。

来月、息子が初めて松本先生とサシでお話しする…
さて、息子はどの様に話せるのか?
帰ってきてからの報告と、血液検査の結果が楽しみです(^ ^)
たった今さっきの話、息子がポツリ。
「痔瘻が完全に治ったみたい」と。
1ヶ月前に傷が完全に塞がって、その後傷口が開かなくなり、膿も全く無くなったとの事。
痔瘻手術から2年半。
まだ、アトピーやアレルギーは出てないんだけど、もう少しかなと…
松本若先生に以前、痔瘻の傷がふさがるのは最後の方で、時間が掛かると言われてました。
どちらにしても、近く松本医院へ行く予定なので、血液検査の値も良くなってたらと思います。

そう言えば、昨夜漢方風呂にしたんですが、風呂に入って5分位は疲れが取れて気持ちよかったんだけど、それからメチャクチャ痒くなったと。
こんなに痒くなったのは初めてだと言ってましたが、なんで痒くなったんでしょうね?

それでも、痔瘻の傷がやっとやっと治ったみたいで、父親としては嬉しい限りです。
多分、手術をした病院に通ってたらこんな結果にはならなかったと思います。
(ただし、そこの先生の内視鏡検査と手術は上手でした。埼玉県内では評判の良い胃腸肛門科のクリニックです)
まだ治療中ですので気は抜けませんが、長年気にしていた事の1つが解決出来そうで、嬉しい限りです。
ラグビーワールドカップもいよいよ終盤。
初戦で南アフリカに歴史的勝利をあげたJAPANでしたが、2戦目は中3日という超過酷な日程で、優勝候補チームに対してハードな試合をした疲れから、後半も半分を過ぎてから息切れ。
同グループ南アフリカの次に強いスコットランドに敗れてしまいました。
そして今回はスコットランド戦の10日後。
今回は身体を休ませる事ができ万全な状態でサモア戦に臨みました。

サモアは、過去に2度決勝トーナメントに進出したチームで、個々の力が非常に強いのが特徴。
日本は過去に何度も対戦してるけど、勝ったのは3回で、しかもベストメンバーでは勝った事がないチームです。
過去のワールドカップでは大敗を喫しています。
サモアのラグビー選手は身体能力が高く、欧州などの強豪クラブチームに在籍している選手が多いのです。
要は、ラグビーで生計を立てる為に出稼ぎに行ってると言えば分かりやすいですね。
なので、代表チームを組むのも、選手に召集をかけにくい部分もあり、その為にベストメンバーを組むのが大変。
ですので、現在開催中のW杯がサモアの真のベストメンバーと言えます。
日本が3度勝ったのは、そういった主力選手が半分程度抜けたサモアに勝利したのみですので、ベストメンバーのサモアに勝利したのは初めてと言って良いのだろうと思います。

ところで、報道では、日本代表に10人の外国人が入ってるのは何故?という問い掛けがあります。
ここはラグビーの歴史にも関わるのですが…
W杯が始まる前まで、ラグビーはアマチュアリズムを謳ってたスポーツです。
プロ化されてきたのは30年程前だったかと思います。
プロ化されてきたとは言え、全ての国がいっぺんにそうなってきた訳ではなく、日本代表でもプロ契約しているのは限られたメンバーのみです。
現に、ウルグアイとかプロ契約している選手が居ないチームも現実にあります。
少し話がそれましたが、ラグビーは国と国との戦いというよりも、ユニオン(協会)としての戦いが根幹にありました。
ですので、ナショナルチームとは言え、参加資格があるのは、登録されている国のラグビーユニオンに所属されている選手を選んできたという事でしょうか。

W杯前までは、世界一を競うような大会はなく、テストマッチと呼ばれる国同士(=ラグビーユニオン)の戦いが基本スタイルでした。
W杯が始まり、いわゆる世界一を競うスポーツになってから、代表選手の国籍要件が固まってきたという感じですね。
ですので、日本だけが特別なわけではなく、今回W杯に参加しているナショナルチームも、結構外国人選手を起用しています。

ただ、日本代表の選手の多くは他の国とは少し外国人の意味合いが少し違います。
と言うのも、外国人選手の中には、高校や大学から日本に留学生として渡り、日本の文化や日本人の気質を共有している選手が多いんです。
今回の主将であるリーチ・マイケル選手は、札幌山の手学園高校からラグビーを始め、東海大学に進学し、その後トップリーグチームの東芝に入社しています。
日本語も流暢というか、アクセントも完全に日本人です。
ルーク・トンプソン選手は、社会人になって来日してますが、日本語も流暢で、関西弁で喋ってます。
国歌斉唱の時に、ちゃんと君が代を歌ってるんですよね。
五郎丸選手が「こういう時だからこそ、もっと日本代表にいる外国人選手に目を向けて欲しい」と言ったのは、そう言う事もあるのだと思います。
中にはオールブラックス(ニュージーランドの代表チームで世界ランク1位)にも選ばれるレベルの選手が日本代表に居ます。
その選手が、母国の代表チームを選択せず、日本の為に日本代表として戦ってくれてる事を知って欲しいですね。

彼らは日本の文化も理解し、日本特有の厳しい練習にも耐えて頑張ってるんです。
日本は身体が小さいから、欧米の屈強とした選手達に勝つには、ひたすらフィットネスを高め、フィジカルを高めるために、他国の選手では1ヶ月もたないと言う激しい練習(言うに言えない地獄のトレーニング)を続けてきたそうです。
この事が選手達に「世界一の練習量を積んできた」という絶対的な自信があったんです。
ですので、南アフリカに勝てた事は、これまでの歴史からすれば奇跡以外の何物でもなく、諸外国は元より日本人でさえも誰一人として善戦はしても、勝つ事はまずなく、今後30年先も南アフリカに勝てる事は無いと言われてきました。
でも、選手達は勝てると信じてました。
その裏付けは何度も言ってますが、血を吐くほどの過酷な練習と、エディヘッドコーチの緻密な戦略でした。
どんでん返しの少ないラグビーですので、実力差が小さくない限り、奇跡や運で勝てるスポーツではありません。
敢えて奇跡と言うならば、世界と対等に戦える迄に、前回のW杯からの4年間でチームを作りあげた事だと思います。

日本が入るBグループ5チームの中で、決勝トーナメントに進めるのは2チーム。
ラグビーには、試合に勝つと勝点4、引き分けで2が与えられますが、それ以外にも4トライあげると無条件で+1、負けても7点差以内の敗戦なら更に+1が与えられます。
初戦、日本は南アフリカに勝利しましたが、4トライは取れなかったので勝点4。
一方の南アフリカは負けたものの、2点差の負けと、4トライをあげたボーナスポイントにより、勝点2を取りました。
日本はサモアにも勝ちましたが、2トライだったので、勝点は4で通算8点。
スコットランドは南アフリカに負けたものの、日本とアメリカ相手に4トライ以上あげての勝利だった為、同じ2勝ながら勝点10点をあげてます。
勝点では不利なものの、潜在能力の高いサモアがスコットランドを破る可能性もあり得ます。
サモアがスコットランドを破るか引き分ければ、スコットランドの勝点は最高でも12(スコットランドが勝てば決勝トーナメントは断たれますが)。
実力的に落ちるアメリカに勝ってボーナスポイントをあげれば勝点13。
まだまだ可能性は残ってます。
頑張れ日本‼️

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熊谷ラグビー場のパブリックビューイングにカミさんと行ってきました。
超満員で凄い熱気でした。
いつもお世話になってる、元日本代表の堀越さんも試合前のトークショーに参加されてました。



久し振りに書き込みです。
実に久し振り…
義父が亡くなって、8/1に四十九日の法要も終え…
今年も残すところ3ヶ月…
やっと少しずつ落ち着いてきた感があります。
ただ、この時期は熊谷ラグビー場で行われる有料試合(大学ラグビーやトップリーグ等)の競技役員の仕事も入ってくるので、年内までバタバタしてしまいますが…

息子が松本医院に通い始めてから、1年経ちました。
痔瘻手術をした肛門科のクリニックへ行き、痔瘻の傷が塞がる気配もない事と、腸内が少し赤くなってた事で、恐らくクローン病だったんでしょうと言われて1年。
必然的に、松本医院に行く事を決めました。
その時の事を思い返し…
埼玉は大宮から深夜バスに乗り、息子は痔瘻の傷の痛みにに耐えながら、松本医院に着いた事を今でも明瞭に覚えてます。

春先には完全に傷口が塞がったと言ってましたが、その後は一進一退の様子です。
悪くはないのですが、完全に良くなってるとは言い切れず…

息子は今、スポーツジムのバイトを辞めて、進学塾の講師のバイトをしています。
元来、人と接するのが苦手で、自らを「アスペルガー症候群に罹ってる」とも言うほどに、人とコミュニケーションをとるのが苦手な子だったので、果たして人前でしっかりと対応出来るのか?

進学塾に通い始めてから4ヶ月。
最初は、やはり人前に出て緊張していた様で、暑くもないのに、緊張の余りに立ってるだけで汗が止まらない程、滝の様に流れ出てたそうです。
緊張から下痢と腹痛も起こし、体調が悪かった時期に戻った様な時もありましたが、今では塾の環境にも慣れてきて、講師の日は終電で帰ってきてます。
アスペルガー症候群っぽい症状はあるんだろうけど、そう言う程の状態ではなく、人付き合いの苦手な息子が、よくもまあ、教壇に立ってるものです。
人前で話をする事、生徒さんとコミュニケーションをとる事は良い事ではないかと思います。

息子に面白い話を聞きました。
塾長から「教室の真ん中の席に、クラスの中で問題な生徒を座らせている」との事。
息子はその話を聞いて、中学から通い始めた塾の事を思い出したそうです。

「そう言えば、俺はずっと席の中央に座らせられてたな」

当時、自分が塾の中で問題児として扱われていた事を理解した様です。
国語(特に古文)が特に苦手で、国語の時間になると特に態度悪かったそうです。
簡単に書いてますが、息子は中学の時は手が付けられない程の反抗期で、私も息子と取っ組み合いした事もありました。
大学2年の今も、まだ反抗期の名残はありますが、根は真面目なので道に外れた事はしないと思います…
今は教師に成るべく、教員免許取得の為に頑張ってる様です。

クローン病治療の方ですが、塾の講師を始めてから、講師の日は毎晩0時を回る状態なので、お灸が止まってます。
漢方風呂は週に一度。
漢方薬も2日分ずつ煎じてるのですが、どうにも飲みきるのに4、5日掛かる。
漢方の薬効も日が経つと落ちるんですよね?
それでも体調は悪くない様ですので、あまりヤンヤ言わないで、本人のペースも理解しつつ、時々漢方薬をきちんと飲む様に伝えてます。(本人は、ちゃんと飲んでると言いますが…)
もうそろそろ松本医院に行く時期になります。
今月末の土日月で会社の休みを入れてるんですが、あとは本人のスケジュール次第です。
一時期、鼻炎症状が強く出て、痒みも出てきましたが、半月程で治ってしまいました。
クラススイッチには至ってないので、完治には至ってませんが、本人は普通に生活できてるので、それはそれで良いんでしょうね?

次回の受診は旅行気分で(不謹慎ですが)、カミさんも連れて車で行ってみようか?とも思ってます。

6月14日、家内の父がこの世を去りました、行年86歳での旅立ちでした。
家内と付き合い始めて1年経たないうちだったか、結婚前に家内の家に同居する事に。
今思うと、よく同居をさせてくれたなあ?と思います。
家内に言わせると、「お母さんが、この人なら良い」と言ってくれたそうで…
どこのなにが良かったのかは分からずじまいですが…

家内の家で同棲を始めたのが29歳の3月。
11月には入籍し、翌年1月に結婚式。
その数年後に実家を離れて、マンションに住み始めましたが、実家から車で3分程度の所でしたので、両親ともちょくちょく会ってる状態でした。
義母は12年近く前に他界。
その後から、義父は実家で一人生活を始めました。
当時はまだ73歳でしたし、元々の職業は自衛官でしたので、身体も相当頑丈に出来てたと思います。

義父は5年ほど前だったか、夜にお酒を飲んでから自転車でご近所に行く途中、道路の側溝に落ちて救急搬送された事でした。
診断の結果、大腿骨転子部骨折。
手術と2ヶ月弱の入院の末、在宅に復帰しました。
70後半で骨折した割には経過は良好で、杖を使い始めたものの、杖がなくても歩ける状態でしたので、本当にこの人は身体が頑丈に出来てるんだなと感心しました。
その後は、肺炎やらで2回ほど入院生活はしましたが、共に10日程度での退院。
本当にタフな人でした。

義父の様子が変わったのが、6月3日。
公休日だったので、義父の家にゴミ出しに立ち寄ったところ、父が腰部を痛がってて動けない状態。
朝から来てるヘルパーさんによると、どうやら昨夜転倒して腰部をテーブルに打ちつけたらしく…
車での移動は無理と判断し、救急搬送にて病院へ。
診断の結果は肋骨の骨折と判明。
手術不要な為、湿布とサポーターをして自宅へ。

自宅で静養しながらの生活に戻って1週間後、ケアマネさんから発語や表情が乏しくなってるとの報告もあり、病院へ連れて行く事にしました。
朝、実家に行ったけれど、やはり痛がった様子もあったので再度救急搬送。
診断の結果、大きな胃潰瘍があり、出血痕が見られ、そのまま入院。
栄養を取れてなく脱水症状も見られてたので点滴にて栄養を補給したところ、顔色は良くなり入院5日目に面会に行った時は、退院後の事も考える程でした。
ただ一つ、義父の不自然な表情と動作は気になってましたが…
認知症が結構進行した様な雰囲気も感じられました。

入院6日目、14日の早朝。
病院から連絡があり…
容体が急変したので、至急病院に来てくださいとの事。
急ぎ病院へ到着すると、既に自発呼吸もなく、口から管を入れて酸素を送ってる状態。心拍数も30程度。
医師からは、心拍も止まってたけど、私達が到着する少し前に心拍が復活したとの事。
ただ、呼吸はしてないので、家内の姉2人を待って死亡診断をする事に…
娘3人が揃ったところで、医師に最後の診断をして頂きました。

私自身、介護付有料老人ホームの営業マンとして、年間20名弱のお看取りをさせて頂いたご家族の方と葬儀の打合せやら、事務的な事ではありますが、施設で亡くなられる方の最期に関わる事も多いのですが、やはり身内ともなると、自らに関わるだけに平常心では居られず…
とは言え、生前より義父からは「私が死んだ時は、後の事は頼むよ」と言われてましたので、その約束は果たすべく、葬儀の段取りは全て対応しました。
仕事での業務が役に立ちました。

義父の死から間もなく1ヶ月になりますが、義父が一人暮らしを始めてからの凡そ10年。
出来る限り実家に顔を出し、お昼を一緒に食べに行ったり、買い物に行ったり、散らかったお部屋を片付けたり…
頑固でわがままでもあった義父でしたが、よく一人で頑張って生活をしてたと思います。

亡くなる6日前に入院し、亡くなる直前まで看護師とお話ししていたとのこと。
苦しまずに(恐らく)死を迎えた義父。
たった一人で自宅で死を迎えず、見守ってくれる医師や看護師さん達のいる中で、誰にも迷惑を掛けずに急逝した父の死に際は見事だったと思います。

8月1日は四十九日。
法要を済ませ納骨します。
気掛かりなのは、誰が義父と義母の位牌(仏壇)とお墓を守っていくのか…
娘3人で、みんな嫁いでるので、そこは娘達でしっかりと決めてもらうしか…
ここは私が口を挟むところでは無いので…

亡くなって最初の2週間は、ポッカリ穴が空いた感じで、考える事ややる気が出ませんでしたが、やっと平常心に戻れてきた気がします。
まだまだやる事は沢山ありますが、義父との約束はしっかりと果たしたいと思います。
いつも息子の事ばかり書いてますが、息子にはお姉さんが居ます。
息子は大学2年、娘は昨年3月に短大を卒業し、今は幼稚園の先生をやってます。
娘は、生まれた時の体重が4,100g、所謂巨大児でした。
出産予定日を10日過ぎて生まれましたが、陣痛が始まって出産まで21時間という長丁場でした。
家内も初産でしたのですが、よく頑張って出産したものです。
10日も予定日を過ぎると流石に、出てきた時の胎盤も岩みたいに硬かったと先生に言われたそうです。
早生まれの3月というのに、背の順で並ぶと一番後ろか後ろから3番目以内でした。
娘にとっては、それは嫌だった様ですが…

娘の進路は、結果的に私の言う通りになってしまいました。
高校は最初に希望した所ではなく、私が進めた女子校に。
短大も、私が勧めた所にAO入試に。
親子でAO出席OKだったので、担当官との面談は私と娘の2人で受けました。
結果は合格。
結局、高校大学と男っ気の全くない学校で、就職も幼稚園教諭と、殆ど男っ気のない環境のなり、娘からは「男っ気のない所ばかり勧められた」と言われ、家内からは「お父さんは娘を結婚させない様に仕向けてる」とか言われてます。

でも、幼稚園の先生は娘にとっては天職と言って良いくらいにフィットしてます。
子供に優しく接するだけでなく、ダメなものはダメだと、キッパリと注意してる所は、とても素晴らしい。
子供や保護者からの信頼も厚い様です。

実際、自宅では息子の激しい反抗期(今もまだある)だった中学高校の時、親子喧嘩が激しかったんですが、取っ組み合いになる寸前で娘が間に割って入ってました。
娘は息子の部屋で2人だけで話をして、キレて荒れる息子をキッパリと、それこそ暴力的な状態の息子に面と向かって説教します。
そのうちに部屋での会話は静かになり、息子も落ち着いた言動になり、自分がカッとなって理性を取り戻してました。
我が家で息子が暴走した時に止められるのは娘だけ。
息子も、娘にだけは逆らえない様です。
正直、息子がグレなかったのは娘のお陰だと思います。
娘が育ての親だと言っても過言ではないかと、つくづく思います。

そんな娘ですが、一つ欠点があります。
部屋の整理整頓が全く出来ない事。
ちょっとしたゴミ屋敷状態です。
1ヶ月ほど放置した飲みかけのペットボトル。
私が以前それを片付けようとしてキャップを抜こうとしたら、暴発してキャップが吹き飛んだ事もありました。
結婚するまでには、あれだけは直させないとと思ってます。


ここ最近というよりも、もっと以前よりなんですが…
年中睡魔に見舞われてます。
もう10年は昔になりますが、近所の耳鼻科で検査キットをレンタルして無呼吸症候群の検査をしたところ、軽度だけど無呼吸症候群の兆候が見られると言われました。

私が最初に就職した先は、複写印刷とコピー機の販売などを手掛ける会社でした。
最初の1年間、現場を経験することもあり、ジアゾと言う青写真を作成する部署にいました。
当初配属される予定だったのは、青焼きの部署ではなく、複写機を扱う部門だったのですが、青焼き部門に配属される予定だった同期が、強烈なアンモニア臭に耐え切れず、私がその部署に行く事に…
青焼きって、複写するのにアンモニアを使うのですが、その部署にはデカイ機械が2台。
小さい機械が5台位並んでて、アンモニア臭はメチャクチャ強烈でした。

元々、家系的に鼻と喉が弱かったので、恐らくその時の後遺症として慢性鼻炎になりました。
耳鼻科に通い点鼻薬に頼るうちに、鼻の粘膜がリバウンドを起こし、年中鼻が詰まった状態になってしまいました。

炎症がかなり酷かった事から、30過ぎになって、ついに手術をする事に…
そこの耳鼻科の先生は東大医学部卒で、それなりに有名な先生でした。
当時は、それまで主流だった焼灼術からレーザー術に変わり始めの頃でしたが、その先生は焼灼術を数多く手掛けた事から、私の手術は焼灼術で行う事になりました。

手術が終わってから、激しい出血が数日に渡り続き(その先生に言わせれば、今まで最高の出血量だと)、最終的には傷口が癒着して鼻腔が狭くなったまま治癒となりました。

無呼吸症候群は、その時の名残かと思います。
カミさんに聞くと、寝ている時呼吸が止まってる事があるそうです。
夜中も、鼻腔の狭い鼻の方が完全に塞がって目が覚めます。
一番困るのが昼間に眠気が強い事。
仕事柄、外回りで電車を使う事が多いのですが、シートに腰掛けて5分もすると記憶がなくなります。
仕事先でお客さんと話してる時、本来なら緊張で目が冴えるはずが、寝てはいけないような場面でメチャクチャ睡魔に襲われる事がよくあります。

無呼吸症候群は、心筋梗塞や脳梗塞を起こしやすいとと言うので、最近は少し深刻に考える時があります。
松本先生、鼻炎も対応してくれるそうなので、今度松本医院へ行く時に診てもらおうかと思ってます。


息子が痔瘻手術してから2年3ヶ月。
松本医院での治療開始してから9ヶ月。
食前と食後1日2回漢方薬服用と、週1回の漢方風呂、毎日のお灸は多少の抜けはあるものの、概ねキチンと継続しています。

先月の中旬以降から今月に入って、息子の様子に変化が出てきました。
鼻の周囲を中心に顔面全体が痒くなり、鼻水も出ており、アレルギーみたいな症状で辛いと言ってます。
下痢はしなくなりましたが、これまでは1日に4~5回あったお通じが、今日は便秘で、お腹が張って痛いと…
経過は良好なのですが、いわゆるアトピーだとかアレルギー症状が出てなかったのですが、ここに来て痒みと鼻水と便秘の訴え始めました。
これって、クローン病が治る前兆とみて良いのか?…
便秘になる様だと、断痢湯の服用もあともう少しなのかな?…とか
まだ安心するには早すぎますが、少しずつ完治に向かってるのかな?と思える日々です。
次に松本先生に連絡を取る時に、現在の状態を伝えて、良い方向に進んでるのか聞いてみます‼️

一昨日、トイレの中で息子が何か騒いでる。
何を言ってるのか分からないが、何かあったのか❓
トイレから出てきて、息子が一言、「痔瘻の傷が完全に塞がった」との事。
奥の方も膿が溜まってるとかの感覚は全くないと。
まだ治療は続けていきますが、痔瘻の手術をしてから2年2ヶ月、松本医院での治療を開始して8ヶ月。
お尻は完治したかも…です。

5月10日(日)、晴天となった熊谷ラグビー場で、埼玉ラグビーフェスティバル2015が開催されました。
2019WC熊谷開催も決まり、これからの4年間でラグビー熱を高めていく必要があり、今回のフェスティバルでは、例年以上のイベントを組み、元も含めた埼玉県に関わるトップリーガー達など30名の選手が、ここ熊谷にお越し頂き、立正大学とのスペシャルマッチを行いました。
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この日まで、協会紙の発行やイベントの運営に関わってきましたが、フェスティバルを迎えるまでが心配で心配で…

フェスティバルではB級グルメの他に、10体のご当地キャラが集まってくれて、熊谷に沢山の方を集めて頂きました。
日本ご当地キャラクター協会の関係者の皆様に感謝です。
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試合前とハーフタイムには、それぞれトークショーを
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昨季で現役引退した、ラグビー界のエンターテイナー「山賀敦之さん」、ラグビーファンの方には、知らない人が居ない「村上晃一さん」、埼玉県出身で元ラグビー日本代表のご主人さんを持つ、スポーツライターの「島田佳代子さん」の3人で進行。
この日の実況を担当されたフリーアナウンサーの「四家秀治さん」も途中で飛び入り参加。その後ご当地キャラも乱入してのハプニングもありましたが、大いに盛り上がりました。
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ハーフタイムトークショーには、ラグビー界のレジェンド「宮地克実さん」「林敏之さん」、地元熊谷出身で元日本代表の「堀越正巳さん」、同じく埼玉出身元日本代表の「松田努さん」、2019日本で開催されるWCでは中心選手としての活躍を期待される「山沢拓也さん」と、そうそうたるメンバーが揃い踏みとなりました。

ラグビーWCは、夏季オリンピック、サッカーWCに次ぐ、世界3大スポーツイベントと位置付けされてます。
もっともっと熱を送り込んで、最高の大会が迎えられる様に関わっていきたいと思います。

ラグビーWCは今年9月に英国で開催されます。
ここでJAPANが勝つ事が、ラグビー人気を高める事になります。
頑張れJAPAN‼️