3月8日の検査&手術を迎えるまで、息子の事に付きっきりでした。まずは健康管理から。
息子は極度の暑がりで、真冬でも半袖に短パン。部活の練習も真冬でも半袖短パンで、「おかしいんじゃないの?」と先生や仲間からも言われてるらしい。
冷たい飲み物(炭酸含む)をがぶ飲みし、インスタントラーメンを一度に4袋食べながらコンビニ弁当を食べる。夜中にスナック菓子を全部平らげたり、明らかに食べ方が半端なかった。
下痢の原因はクローン病ではなく、食生活の乱れと心に決め、ラーメン禁止令を出す。この頃は本人も下痢を気にしており、これはクリア。
冷たい飲み物のがぶ飲みと多量摂取を禁止したが、本人は温かい飲み物は苦手で、がぶ飲みだけは控えた。
下痢止めの漢方薬は食前に必ず飲むように指示し、毎日お昼用の薬は制服のポケットに入れておく。(それでも飲み忘れはあったが)
薬を飲むときは、煎じたルイボスティーをレンジで温めて飲ませる。ぶつぶつ文句を言いながらも素直に飲む。(何だかクローン病を前提としての食生活改善のような…)
自宅に帰った後は、トレーナーと長ズボンを着させ、胃腸を冷さないようにさせる。
最初は暑いと嫌がってたが、だんだん慣れてきた感じに。
毎朝起きたら息子の部屋へ行き、ファンヒーターをつける。夜も同様にして、室温を下げないように努めた。
それでも下痢は完全には治まらず、時には血便で便器が赤く染まった事もあったよう。
この頃は顔色も蒼白く、時々貧血状態で立ちくらみもあり、やっぱりクローン病か?と思った事も…。
食生活も消化のよいもの中心となる。鉄分を摂るために、ワカメやしじみ、海苔も買ってきて食べさせる。
前の年の全国高校ラグビー埼玉県予選の時は80kg近くあった体重も、70kgまで減少した。下痢を気にして、食べる量を抑えた事が原因。
弁当箱も保温タイプの物を買い、とにかく胃腸に良くない事を避けてきました。
そんな事を手術迄の1ヶ月間続け、私も親として、手術の日まで、お付き合い以外は一切お酒を絶ちました。
苦しい時の神頼みで、カミさんと佐野厄除け大師へお参りにも行きました。
すがれるものは何でもすがってました。
そんなこんなで迎えた3月8日。実はこの日は息子のお姉ちゃんの誕生日。
娘にはかわいそうだけど、この日が正念場。
下剤(ニフレック)を早朝から飲み始めるが、1月には難なく飲めたのに、この日は気持ちが悪くて飲めない。途中吐きながらも何とか9割方飲んだところでギブアップ。
緊張もあるのか顔色が優れないが、いざ病院へ出陣となる。
今日から息子の2泊3日の手術入院生活が始まる。
続く
3月23日の土曜日。
埼玉県ラグビー協会、普及育成委員会の企画で、草加市にある獨協大学にて、東部地区交流会が開催されました。
昨年に引き続き2回目でしたが、参加チーム数等でいくと、この日が実質的に初めてと言っていいイベントでした。
この交流会は、スクール(小学生)、高校、大学と、日頃は合流する機会のない試みで、9時からはスクール生へ、高校と大学の選手が指導というか、一緒に遊んでくれる企画を。午後は大学の試合と高校の試合を行いました。
私はというと、以前から休みを抑えていたにも関わらず、前の週に予約していた胃の内視鏡検査が都合つかず、うっかりこの日に予約を延期していました。
10時半には検査が終わるから、病院(久喜)から会場までは車で1時間あれば着くかなと、検査を終えて速攻、会場へ向かいました。
ところが途中で渋滞にはまり、予定を40分オーバーし、到着したのはお昼過ぎ。
スクールと高大学生の合流は既に終わってました。
この日は18時からスクール中学生の、エリアのコーチ会議があるので、15時近くまで試合を見て帰ろうと思いました。
遅れては来たものの、他スクールのコーチは結構残っており、しばし歓談タイム。
これから高校生の試合が始まる頃に、同じ埼玉ラグビー協会理事のKさんと、5月に行う予定のトークショーの話をする。
そして、この後の会話で私の頭の中はパニック状態になる。
おもむろに、「Kさん、今夜の予定は?」と聞いたところ、「今日は理事会に行きますよ!」との返事が…
えっ、理事会?今日?
自分も理事だけど、私の頭の中にはそんなスケジュールは入ってない。
思わず、「理事会ですか?」と質問。
Kさん「えっ、行かないの?」
私「理事会なんて聞いてないですよ」
Kさん「ずいぶん前にメールで届いてた筈だよ」
自分の記憶を辿っていく。
そういえば、そんなメール来てたような…
Kさんからも理事会の案内メールを見せてもらう。
確かに今日だ。
ヤバい、コーチ会議どうしよう?
コーチ会議では私が進行役になってて、当日キャンセルはマズイ…
そこへ追い討ちをかけるように、
Kさん「理事長から報告書を提出するようにメール来てたけど、やった?」
ヤバい、そういえばそういう話もあった!
これは絶対にマズイ、コーチ会議欠席もマズイけど、理事会の欠席は更にマズイ。
こうなると悩む余地はない、報告書を仕上げて理事会に参加すべく、せっかく会場についたのも束の間、自宅へとんぼ返り。
自宅に帰ってすぐに報告書を仕上げ(2月中の締め切りだった)、ギリギリのタイミングで報告書を作り上げる。
車で1時間かかる理事会会場の熊谷ラグビー場クラブハウスへ向かう。
併せて、コーチ会議の参加者にお詫び方々進行役をお願いし、コーチ会議終了後の懇親会には必ず伺いますとお伝えする。
理事会は定刻の18時半にスタート。
結構報告事項がある。
私も5月に予定しているトークショーの企画を説明。
理事会の最中に、コーチ会議メンバーから連絡があり、コーチ会議は終わったので早く来てください、いつもの所で待ってますとの連絡。
理事会は20時半過ぎに終わり、そそくさと自宅へと向かう。
この時間帯で自宅に帰って懇親会場(大宮)に着くのは22時を過ぎそう。
自宅に向かう車中で(ハンズフリーです)メンバーに連絡したところ、明日も早いので、また今度の機会にしましょうと。
出席出来なかった事をお詫びし、来月のコーチ会議への出席をお約束した次第。
しかし、1日で2度のダブルブッキングは過去に記憶がない。
認知症のテストをするのが怖い…
埼玉県ラグビー協会、普及育成委員会の企画で、草加市にある獨協大学にて、東部地区交流会が開催されました。
昨年に引き続き2回目でしたが、参加チーム数等でいくと、この日が実質的に初めてと言っていいイベントでした。
この交流会は、スクール(小学生)、高校、大学と、日頃は合流する機会のない試みで、9時からはスクール生へ、高校と大学の選手が指導というか、一緒に遊んでくれる企画を。午後は大学の試合と高校の試合を行いました。
私はというと、以前から休みを抑えていたにも関わらず、前の週に予約していた胃の内視鏡検査が都合つかず、うっかりこの日に予約を延期していました。
10時半には検査が終わるから、病院(久喜)から会場までは車で1時間あれば着くかなと、検査を終えて速攻、会場へ向かいました。
ところが途中で渋滞にはまり、予定を40分オーバーし、到着したのはお昼過ぎ。
スクールと高大学生の合流は既に終わってました。
この日は18時からスクール中学生の、エリアのコーチ会議があるので、15時近くまで試合を見て帰ろうと思いました。
遅れては来たものの、他スクールのコーチは結構残っており、しばし歓談タイム。
これから高校生の試合が始まる頃に、同じ埼玉ラグビー協会理事のKさんと、5月に行う予定のトークショーの話をする。
そして、この後の会話で私の頭の中はパニック状態になる。
おもむろに、「Kさん、今夜の予定は?」と聞いたところ、「今日は理事会に行きますよ!」との返事が…
えっ、理事会?今日?
自分も理事だけど、私の頭の中にはそんなスケジュールは入ってない。
思わず、「理事会ですか?」と質問。
Kさん「えっ、行かないの?」
私「理事会なんて聞いてないですよ」
Kさん「ずいぶん前にメールで届いてた筈だよ」
自分の記憶を辿っていく。
そういえば、そんなメール来てたような…
Kさんからも理事会の案内メールを見せてもらう。
確かに今日だ。
ヤバい、コーチ会議どうしよう?
コーチ会議では私が進行役になってて、当日キャンセルはマズイ…
そこへ追い討ちをかけるように、
Kさん「理事長から報告書を提出するようにメール来てたけど、やった?」
ヤバい、そういえばそういう話もあった!
これは絶対にマズイ、コーチ会議欠席もマズイけど、理事会の欠席は更にマズイ。
こうなると悩む余地はない、報告書を仕上げて理事会に参加すべく、せっかく会場についたのも束の間、自宅へとんぼ返り。
自宅に帰ってすぐに報告書を仕上げ(2月中の締め切りだった)、ギリギリのタイミングで報告書を作り上げる。
車で1時間かかる理事会会場の熊谷ラグビー場クラブハウスへ向かう。
併せて、コーチ会議の参加者にお詫び方々進行役をお願いし、コーチ会議終了後の懇親会には必ず伺いますとお伝えする。
理事会は定刻の18時半にスタート。
結構報告事項がある。
私も5月に予定しているトークショーの企画を説明。
理事会の最中に、コーチ会議メンバーから連絡があり、コーチ会議は終わったので早く来てください、いつもの所で待ってますとの連絡。
理事会は20時半過ぎに終わり、そそくさと自宅へと向かう。
この時間帯で自宅に帰って懇親会場(大宮)に着くのは22時を過ぎそう。
自宅に向かう車中で(ハンズフリーです)メンバーに連絡したところ、明日も早いので、また今度の機会にしましょうと。
出席出来なかった事をお詫びし、来月のコーチ会議への出席をお約束した次第。
しかし、1日で2度のダブルブッキングは過去に記憶がない。
認知症のテストをするのが怖い…
息子が靭帯損傷してから3週間近くは松葉杖生活でした。
我が家は公団の分譲マンションで、私の住むエリア一帯は、最近建ったマンション以外、ほぼ全てが5階建てのエレベーター無しで、我が家は5階。
最上階は屋根裏収納付きだったので、その魅力で5階の部屋に決めました。
何もなければ、さほど不自由は感じませんが、松葉杖生活ともなると、階段の昇降だけでも大仕事。
しかも駅は地下階段を昇り降りして、反対口の改札を抜けなければならず(現在バリアフリー計画中)、学校もエスカレーターやエレベーターがある訳でもなく教室は3階。
成人の日には大雪もあり、息子は翌日の登校で一度学校で転倒したり大変でした。
私も松葉杖の期間は、会社を遅刻して(有休消化)朝晩の学校送迎に励みました。
特に大雪の翌日の送りは大変でした。
そして1月22日、昨年クローン病の疑いありの理由で予約した大腸の内視鏡検査の日を迎えました。
息子の予約は午後2時。内視鏡検査は15分~30分程で終わるとの事。
とにかく無事を願って待つ。
ほぼ予定時刻に検査がスタート。
30分経過、出てこない。40分経過、まだ出てこない。50分経過も出てこないが、近寄って耳を澄ますと息子と先生・看護師の会話は微かに聞こえる。
1時間経ってやっと出てくる。
顔には脂汗が、顔色も良くなく辛そうな表情。
相当痛かったらしい。
暫くしてから内視鏡を行った先生(最初にかかった先生ではない)から説明を受ける。
息子さんは、腸が動いて入り口に辿り着くまでに40分近くかかったと。
腸に少し炎症がみられるのと、うっすらと縦に線のようなものがあるような感じもするが、所見では異常が見られないとの診断。
病気を完全否定するために、生体検査をしておきますとの一言。
所見異常なしの言葉に笑みがこぼれました。
昨年、疑いありと言われ、下痢症状の改善を目指して行った漢方薬局で買った薬を飲ませ、食べ物にも注意してきた苦労が報われたかと。
生体検査の結果は10日後との事で、2月5日に最初にかかった先生に受診しました。
ここで完全否定してくれれば、あとは痔ろうの手術のみだったので、この日朝一番で受診を終わらせ、その後に肛門科の専門病院へ予約を入れる段取りを既に取ってました。
K先生からは生体検査の結果には触れず、所見異常なしと診断されたが、完全にはクローン病の可能性を否定できないとの事。
腸内の写真を元に、うっすらと縦線が見える事と痔ろうになってる事、下痢が続いてる事で、クローン病の疑いをどうしても否定できないとの事でした。
このあと、浦和にある肛門科の専門病院、Tクリニックへかかる事を伝えたところ、その場で紹介状を作り、写真のCDを渡され、Tクリニックへ向かいました。
TクリニックのT先生(院長)は、体格もよく気さくな先生でした。
先生に紹介状を渡し、いよいよ診察を受けることに。
紹介状を読み始めたところで、「うん?、K先生だ。K先生この病院に居るんだ!」と驚いた様子。
週1回しか居ないK先生は、自治医大の准教授で腕も確かな先生だったらしい。
「K先生は、内視鏡検査を担当した先生が所見異常なしと診断されたものの、クローン病を疑ってるという事か…」
という事で、T先生が腸内の写真を確認。
そして痔ろうの状態を触診。
一通りの診断を終えたところで説明を受ける。
写真の説明では、指摘されていた縦線を改めて指摘される。
また、痔ろうは複雑痔ろう(難治性)との事。
下痢が続いてる事を総合的に見て、クローン病の可能性があるとの事。
半分か、それ以上の確率でクローン病の可能性がある為、再度腸と胃の内視鏡検査をやりましょうという事になりました。
3月8日の午前中に内視鏡検査を済ませ、午後から痔ろうの手術を行う事に。
クローン病でなければ通常の開放術での手術。
クローン病であればシートン法による手術。
病気の有無で手術法が変わると説明。
その時に、クローン病についてのガイドブックを渡され、事前に保健所へ行って難病指定の申請書をもらっておいた方が良いとの事。
医者は病気を疑ってかかる。
否定的な話をして、結果が悪いほうが嫌どと思いますよ、との事でした。
一旦は異常なしの診断を受けたのに、何でこんな展開になるのだろう?とは思いました。
しかし一方ではクローン病でないとすると、下痢と痔ろうの原因は何?という不安はありました。
検査と手術の日まで、なんとも気の重くなる1ヶ月が始まりました。
(続く)
我が家は公団の分譲マンションで、私の住むエリア一帯は、最近建ったマンション以外、ほぼ全てが5階建てのエレベーター無しで、我が家は5階。
最上階は屋根裏収納付きだったので、その魅力で5階の部屋に決めました。
何もなければ、さほど不自由は感じませんが、松葉杖生活ともなると、階段の昇降だけでも大仕事。
しかも駅は地下階段を昇り降りして、反対口の改札を抜けなければならず(現在バリアフリー計画中)、学校もエスカレーターやエレベーターがある訳でもなく教室は3階。
成人の日には大雪もあり、息子は翌日の登校で一度学校で転倒したり大変でした。
私も松葉杖の期間は、会社を遅刻して(有休消化)朝晩の学校送迎に励みました。
特に大雪の翌日の送りは大変でした。
そして1月22日、昨年クローン病の疑いありの理由で予約した大腸の内視鏡検査の日を迎えました。
息子の予約は午後2時。内視鏡検査は15分~30分程で終わるとの事。
とにかく無事を願って待つ。
ほぼ予定時刻に検査がスタート。
30分経過、出てこない。40分経過、まだ出てこない。50分経過も出てこないが、近寄って耳を澄ますと息子と先生・看護師の会話は微かに聞こえる。
1時間経ってやっと出てくる。
顔には脂汗が、顔色も良くなく辛そうな表情。
相当痛かったらしい。
暫くしてから内視鏡を行った先生(最初にかかった先生ではない)から説明を受ける。
息子さんは、腸が動いて入り口に辿り着くまでに40分近くかかったと。
腸に少し炎症がみられるのと、うっすらと縦に線のようなものがあるような感じもするが、所見では異常が見られないとの診断。
病気を完全否定するために、生体検査をしておきますとの一言。
所見異常なしの言葉に笑みがこぼれました。
昨年、疑いありと言われ、下痢症状の改善を目指して行った漢方薬局で買った薬を飲ませ、食べ物にも注意してきた苦労が報われたかと。
生体検査の結果は10日後との事で、2月5日に最初にかかった先生に受診しました。
ここで完全否定してくれれば、あとは痔ろうの手術のみだったので、この日朝一番で受診を終わらせ、その後に肛門科の専門病院へ予約を入れる段取りを既に取ってました。
K先生からは生体検査の結果には触れず、所見異常なしと診断されたが、完全にはクローン病の可能性を否定できないとの事。
腸内の写真を元に、うっすらと縦線が見える事と痔ろうになってる事、下痢が続いてる事で、クローン病の疑いをどうしても否定できないとの事でした。
このあと、浦和にある肛門科の専門病院、Tクリニックへかかる事を伝えたところ、その場で紹介状を作り、写真のCDを渡され、Tクリニックへ向かいました。
TクリニックのT先生(院長)は、体格もよく気さくな先生でした。
先生に紹介状を渡し、いよいよ診察を受けることに。
紹介状を読み始めたところで、「うん?、K先生だ。K先生この病院に居るんだ!」と驚いた様子。
週1回しか居ないK先生は、自治医大の准教授で腕も確かな先生だったらしい。
「K先生は、内視鏡検査を担当した先生が所見異常なしと診断されたものの、クローン病を疑ってるという事か…」
という事で、T先生が腸内の写真を確認。
そして痔ろうの状態を触診。
一通りの診断を終えたところで説明を受ける。
写真の説明では、指摘されていた縦線を改めて指摘される。
また、痔ろうは複雑痔ろう(難治性)との事。
下痢が続いてる事を総合的に見て、クローン病の可能性があるとの事。
半分か、それ以上の確率でクローン病の可能性がある為、再度腸と胃の内視鏡検査をやりましょうという事になりました。
3月8日の午前中に内視鏡検査を済ませ、午後から痔ろうの手術を行う事に。
クローン病でなければ通常の開放術での手術。
クローン病であればシートン法による手術。
病気の有無で手術法が変わると説明。
その時に、クローン病についてのガイドブックを渡され、事前に保健所へ行って難病指定の申請書をもらっておいた方が良いとの事。
医者は病気を疑ってかかる。
否定的な話をして、結果が悪いほうが嫌どと思いますよ、との事でした。
一旦は異常なしの診断を受けたのに、何でこんな展開になるのだろう?とは思いました。
しかし一方ではクローン病でないとすると、下痢と痔ろうの原因は何?という不安はありました。
検査と手術の日まで、なんとも気の重くなる1ヶ月が始まりました。
(続く)
昨日(土曜日)に予約を入れていた胃の内視鏡検査とエコー検査をやってきました。
元々は27歳の頃だったかな?独身生活を満喫していて、毎日飲んで帰る生活だったが、とある木曜日に家に帰り着く寸前で激しい腹痛で、救急車を呼んで横浜市鶴見区(当時は横浜に住んでた)のとある病院に運ばれました。
最初に救急搬送された病院では、結局レントゲン技師が不在で受診できなかったけど、苦しむ私を見て看護師が、症状が重そうだと言ってたのは聞こえました。
それからレントゲンが撮れる病院に移動しての受診することが出来ました。
あの時の痛みと苦しさは今でも忘れられない位に地獄の苦しみでした。
激痛で呼吸も苦しく、レントゲンも取れない。
腹部に激痛が走ってたので、痛み止めを射ってもらった。
2回までの痛み止めは全く効かず、3回目の痛み止めを…、これで効かなくったらちょっと大変だと先生が言ってたのは覚えてます。
その痛み止めが効き、やっと効いて眠りについた。
どうやら十二指腸潰瘍が悪化し、潰瘍に穴が開き、いっとき腹膜炎を起こし掛けていたらしい。
翌日になり、痛みも取れてきたので、日曜日は試合だから退院したいと言った時に先生から「一歩違ってたら死んでたよ」と怒られた事を今でも覚えている。
でも結局日曜日に無理無理退院しましたが…
その10年後に十二指腸潰瘍再発で現在住んでる近くの病院に12月30日に入院。この時はタール便まで出る始末で、30日は絶食で輸血、大晦日と正月は重湯のみで過ごす。
血がかなり抜けていたらしく、この時も十二指腸潰瘍と診断された。
最後の入院は6年前。
この時も夜中に腹痛があり、症状から十二指腸潰瘍だろうと推測出来た。
暫くは痛みを我慢してたが、収まる気配も無かったので、ついに救急搬送となる。
医師の診断は胃潰瘍、今回は点滴治療により、8日間で無事退院。
それでもって、一昨年に痛みが再発しての通院に至りました。
この時も胃潰瘍の診断を受けましたが、もうひとつ胆石があると判明。
胆石は手術を進められましたが、当面は石を溶かす薬で様子を見ることに。
また、ピロリ菌の検査をしたところ、前回の入院時には認められなかったピロリ菌が見つかり、一次除菌を行うも消えず、二次除菌を行いました。(二次除菌の結果は調べてない)
そんな訳で、それ以降は胃の薬と胆石の薬を毎日飲み続けています。
そんなで迎えた昨日の胃カメラとエコー検査。
まずはエコー検査から。
何か前回より長い気が…、前より悪くなってるのかな?と思いつつ検査終了。
それから胃カメラへと。
私が検査を受ける前の人の話がドアが少し空いてたので聞こえてしまった。
先生が患者さんに、最近ストレスを感じてる事はないですか?と聞いてた。
当然ながら、胃腸にはストレスが良くない事は分かってたけど、やっぱり聞かれるんだなあ。
いよいよ自分の番、ベッドに寝た時に聞かれる前から「先生、ここのところストレスが続いてました」と聞かれる前に伝えておいた。
胃の状態が悪かった時の言い訳を先に伝えてしまいました。
そしていよいよ胃カメラ。
胃カメラはもう慣れてるし、鼻から入れるので、さほど苦しみはありません。
いつものように、先生と一緒に画像を見ながらのカメラは十二指腸までたどり着く。
自分で見てても、いつもより胃腸がキレイな感じがする。
先生からも、潰瘍は再発しておらず、少しの胃炎はみられるが、いい状態ですよと。
ピロリ菌の二次除菌結果は翌日には分かるとの事で後日確認。
エコー検査での胆石の状態も、先生がビックリするほどに薬の効果が聞いていて、砂状になってきていて、石も減ってきてると。
このまま服薬で様子をみましょう、しかし薬だけでこれだけ減るのは珍しいと言われました。
そういえば、2月に1ヶ月近く断酒してたし、昨年12月から健康の為にルイボスティーを飲み続けてるのが効いたのではないかと推測してます。
あと、佐野厄除け神社へのお参りの効果かなと。
胃腸の薬は、潰瘍予防に当面は続けていくことになります。
胆石は手術しなくて大丈夫そうです。
いやいや、この歳になってくると、何より健康でいられることが一番の願いになりますね。
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元々は27歳の頃だったかな?独身生活を満喫していて、毎日飲んで帰る生活だったが、とある木曜日に家に帰り着く寸前で激しい腹痛で、救急車を呼んで横浜市鶴見区(当時は横浜に住んでた)のとある病院に運ばれました。
最初に救急搬送された病院では、結局レントゲン技師が不在で受診できなかったけど、苦しむ私を見て看護師が、症状が重そうだと言ってたのは聞こえました。
それからレントゲンが撮れる病院に移動しての受診することが出来ました。
あの時の痛みと苦しさは今でも忘れられない位に地獄の苦しみでした。
激痛で呼吸も苦しく、レントゲンも取れない。
腹部に激痛が走ってたので、痛み止めを射ってもらった。
2回までの痛み止めは全く効かず、3回目の痛み止めを…、これで効かなくったらちょっと大変だと先生が言ってたのは覚えてます。
その痛み止めが効き、やっと効いて眠りについた。
どうやら十二指腸潰瘍が悪化し、潰瘍に穴が開き、いっとき腹膜炎を起こし掛けていたらしい。
翌日になり、痛みも取れてきたので、日曜日は試合だから退院したいと言った時に先生から「一歩違ってたら死んでたよ」と怒られた事を今でも覚えている。
でも結局日曜日に無理無理退院しましたが…
その10年後に十二指腸潰瘍再発で現在住んでる近くの病院に12月30日に入院。この時はタール便まで出る始末で、30日は絶食で輸血、大晦日と正月は重湯のみで過ごす。
血がかなり抜けていたらしく、この時も十二指腸潰瘍と診断された。
最後の入院は6年前。
この時も夜中に腹痛があり、症状から十二指腸潰瘍だろうと推測出来た。
暫くは痛みを我慢してたが、収まる気配も無かったので、ついに救急搬送となる。
医師の診断は胃潰瘍、今回は点滴治療により、8日間で無事退院。
それでもって、一昨年に痛みが再発しての通院に至りました。
この時も胃潰瘍の診断を受けましたが、もうひとつ胆石があると判明。
胆石は手術を進められましたが、当面は石を溶かす薬で様子を見ることに。
また、ピロリ菌の検査をしたところ、前回の入院時には認められなかったピロリ菌が見つかり、一次除菌を行うも消えず、二次除菌を行いました。(二次除菌の結果は調べてない)
そんな訳で、それ以降は胃の薬と胆石の薬を毎日飲み続けています。
そんなで迎えた昨日の胃カメラとエコー検査。
まずはエコー検査から。
何か前回より長い気が…、前より悪くなってるのかな?と思いつつ検査終了。
それから胃カメラへと。
私が検査を受ける前の人の話がドアが少し空いてたので聞こえてしまった。
先生が患者さんに、最近ストレスを感じてる事はないですか?と聞いてた。
当然ながら、胃腸にはストレスが良くない事は分かってたけど、やっぱり聞かれるんだなあ。
いよいよ自分の番、ベッドに寝た時に聞かれる前から「先生、ここのところストレスが続いてました」と聞かれる前に伝えておいた。
胃の状態が悪かった時の言い訳を先に伝えてしまいました。
そしていよいよ胃カメラ。
胃カメラはもう慣れてるし、鼻から入れるので、さほど苦しみはありません。
いつものように、先生と一緒に画像を見ながらのカメラは十二指腸までたどり着く。
自分で見てても、いつもより胃腸がキレイな感じがする。
先生からも、潰瘍は再発しておらず、少しの胃炎はみられるが、いい状態ですよと。
ピロリ菌の二次除菌結果は翌日には分かるとの事で後日確認。
エコー検査での胆石の状態も、先生がビックリするほどに薬の効果が聞いていて、砂状になってきていて、石も減ってきてると。
このまま服薬で様子をみましょう、しかし薬だけでこれだけ減るのは珍しいと言われました。
そういえば、2月に1ヶ月近く断酒してたし、昨年12月から健康の為にルイボスティーを飲み続けてるのが効いたのではないかと推測してます。
あと、佐野厄除け神社へのお参りの効果かなと。
胃腸の薬は、潰瘍予防に当面は続けていくことになります。
胆石は手術しなくて大丈夫そうです。
いやいや、この歳になってくると、何より健康でいられることが一番の願いになりますね。
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2013年。生涯忘れられない1年になるだろう。
事の発端は昨年の秋にさかのぼる。
息子がお尻に痛みを感じ、暫く辛抱したものの、痛みは引かずに近所の医院へ。
切開排膿を行ったこの日から、試練の時期を迎える。
切開排膿をしてから、そこから膿が出続ける事になり、ついに痔ろうと診断される。
すぐにでも専門の病院へ行って、手術をすれば良かったのかも知れないが、息子は間近に修学旅行(ニューヨーク・ワシントン)を控えており、この時期に手術を行えば、修学旅行にも行けなくなる可能性もあり、手術は修学旅行後に改めて検討する事に…
修学旅行を終えたものの、その後は部活(ラグビー)の新人戦が年始まで続く事と、一応主力選手でもあった事や学校も休みたくなかった事もあり、年末は28日まで試合を行う事に。
その間、12月22日に地元の総合病院へ行きました。
この日の痔ろうの受診をしましたが、この日の先生は非常勤で週に一度だけ来ている先生でした。
私はこの場で、痔ろう手術の日程を決めるのかと思ったところ、先生の口からクローン病の疑いがあるとの事。
クローン病?それって何?
聞いたこともない病名でしたが、その時は特定疾病に入る難病だという事を全く理解してませんでした。
結局この日は何も処置をせず、大腸の内視鏡検査の予約(1か月後)を入れて帰りました。
帰り間際に携帯でクローン病について、初めてこの病気について知った次第です。
しかし、まだ詳しくは理解してませんでした。
ただ、この病気だとしたら厄介だなと感じた程度。
検査までの1か月間、続いてる下痢の症状を何とかしなければ思い、年末に漢方専門の薬局へ行き、当面の間、漢方薬を飲み続ける事になりました。
漢方薬は息子には合ってたみたいで、下痢の症状は治まりつつありました。
年が明けてのラグビーのファイナルゲーム、
1月6日。この試合で勝てば、関東大会県予選への出場が決まる試合。
息子はゲーム途中まで2つのトライを奪い、チームに勝利のペースを掴む事に。
ここに来てやっとラグビープレーヤーらしい動きが出てきており、更なる活躍を期待していた。
そんな中、後半も中盤を過ぎたところで、息子にアクシデントが。
相手ディフェンスを突破して、ゴールまで残り10メートルを切ったところで相手ディフェンス2人に横からタックルを受けて倒れる。
もんどりうって倒れてたが(最初はタックルがお腹に入ったのかと)、暫くするとテーピングをぐるぐるに巻いて戦列復帰、、、したものの、5分後にボールを持って前進し、ボールを繋いだところで倒れ、その後は動けずに仲間に脇を支えられ退場。
試合終了後、そのまま病院へ。
行き先は埼玉県幸手市にある秋谷病院へ。
以前息子が指を骨折し、行きつけの接骨院からの指示で、レントゲンを撮りに行った病院。
日曜日も午前は通常に診療している病院で、午後になったものの、電話を入れると来てくださいとの指示により、保険証を取りに家に戻って
伺う。
レントゲンを撮り、院長先生が念入りに膝の状態を確認し、右膝内側側副靭帯損傷との診断。
10あるとすると、3くらい靭帯が切れているとの事でした。
サポーターで固定して、3週間は安静で、この日から松葉杖の生活が始まりました。
次回に続く
Android携帯からの投稿
事の発端は昨年の秋にさかのぼる。
息子がお尻に痛みを感じ、暫く辛抱したものの、痛みは引かずに近所の医院へ。
切開排膿を行ったこの日から、試練の時期を迎える。
切開排膿をしてから、そこから膿が出続ける事になり、ついに痔ろうと診断される。
すぐにでも専門の病院へ行って、手術をすれば良かったのかも知れないが、息子は間近に修学旅行(ニューヨーク・ワシントン)を控えており、この時期に手術を行えば、修学旅行にも行けなくなる可能性もあり、手術は修学旅行後に改めて検討する事に…
修学旅行を終えたものの、その後は部活(ラグビー)の新人戦が年始まで続く事と、一応主力選手でもあった事や学校も休みたくなかった事もあり、年末は28日まで試合を行う事に。
その間、12月22日に地元の総合病院へ行きました。
この日の痔ろうの受診をしましたが、この日の先生は非常勤で週に一度だけ来ている先生でした。
私はこの場で、痔ろう手術の日程を決めるのかと思ったところ、先生の口からクローン病の疑いがあるとの事。
クローン病?それって何?
聞いたこともない病名でしたが、その時は特定疾病に入る難病だという事を全く理解してませんでした。
結局この日は何も処置をせず、大腸の内視鏡検査の予約(1か月後)を入れて帰りました。
帰り間際に携帯でクローン病について、初めてこの病気について知った次第です。
しかし、まだ詳しくは理解してませんでした。
ただ、この病気だとしたら厄介だなと感じた程度。
検査までの1か月間、続いてる下痢の症状を何とかしなければ思い、年末に漢方専門の薬局へ行き、当面の間、漢方薬を飲み続ける事になりました。
漢方薬は息子には合ってたみたいで、下痢の症状は治まりつつありました。
年が明けてのラグビーのファイナルゲーム、
1月6日。この試合で勝てば、関東大会県予選への出場が決まる試合。
息子はゲーム途中まで2つのトライを奪い、チームに勝利のペースを掴む事に。
ここに来てやっとラグビープレーヤーらしい動きが出てきており、更なる活躍を期待していた。
そんな中、後半も中盤を過ぎたところで、息子にアクシデントが。
相手ディフェンスを突破して、ゴールまで残り10メートルを切ったところで相手ディフェンス2人に横からタックルを受けて倒れる。
もんどりうって倒れてたが(最初はタックルがお腹に入ったのかと)、暫くするとテーピングをぐるぐるに巻いて戦列復帰、、、したものの、5分後にボールを持って前進し、ボールを繋いだところで倒れ、その後は動けずに仲間に脇を支えられ退場。
試合終了後、そのまま病院へ。
行き先は埼玉県幸手市にある秋谷病院へ。
以前息子が指を骨折し、行きつけの接骨院からの指示で、レントゲンを撮りに行った病院。
日曜日も午前は通常に診療している病院で、午後になったものの、電話を入れると来てくださいとの指示により、保険証を取りに家に戻って
伺う。
レントゲンを撮り、院長先生が念入りに膝の状態を確認し、右膝内側側副靭帯損傷との診断。
10あるとすると、3くらい靭帯が切れているとの事でした。
サポーターで固定して、3週間は安静で、この日から松葉杖の生活が始まりました。
次回に続く
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