重力レンズで宇宙膨張率測定 | 宇宙とブラックホールのQ&A

宇宙とブラックホールのQ&A

2019年6月6日にYahoo!ブログから引っ越してきました。よろしくお願いします。

・重力レンズ効果を用いた新手法で宇宙膨張率を測定

 アストロアーツ1月16日付記事、元はカブリIPMU(東大国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構)です。

http://www.astroarts.co.jp/article/hl/a/11046_expansion

 

 概要>重力レンズ効果の影響を受けたクエーサーの観測により宇宙膨張率が求められ、初期宇宙の観測から得られる膨張率に比べ、局所宇宙の膨張率が予想以上に速いことを示唆する結果が改めて高い確実性で得られた。

 

 >宇宙は誕生以来、膨張し続けている。その膨張率は「ハッブル定数」と呼ばれ、宇宙の年齢や構造を理解するうえで重要なパラメーターだ。定数とはいうものの、複数の手法によって導かれた値には食い違いが見られており、正確な値を調べたり違いの原因を探ったりする研究が行われている。

 

 宇宙の膨張率「ハッブル定数」ですが、食い違いの前に、定数という言葉の意味を確認しておく必要があります。

 定数constantというと、通常は「時間的に変化しない」ものですが、ハッブル定数は時間的に変化するとされます。

 ハッブル定数は「現在の宇宙の膨張率」であり、この場合の定数とは「宇宙のどの場所でも同じ値をもつ」という意味です。

 

 >独・マックス・プランク物理学研究所/台湾中央研究院天文及天体物理研究所のSherry Suyuさんたちの研究チーム「H0LiCOW」はハッブル宇宙望遠鏡やすばる望遠鏡を用いて、約30億光年から65億光年彼方に位置する6個のクエーサーを観測し、ハッブル定数の値を調べる研究を行った。クエーサーは銀河中心のブラックホールに物質が落ち込むことで輝いており、遠方にあるにもかかわらず明るく見える天体である。

 

 発表元をみると、「H0LiCOW」はホーリー・カウと読むそうです。

 

 われわれの銀河系を含め大部分の銀河の中心には、巨大ブラックホールが存在します。

 銀河中心にある巨大ブラックホールに物質が落ち込むと、莫大なエネルギーが解放されて明るく輝き、宇宙論的な遠方からも観測することができます。

 このような銀河を活動銀河、その巨大ブラックホールを活動銀河核(AGN, Active Galactic Nucleus)といい、クエーサー(quasar)はその典型です。

 

 >これら6個のクエーサーの手前(地球とクエーサーとの間)にはそれぞれ別の銀河が存在しており、その銀河による重力レンズ効果を受けてクエーサーからの光は複数の像に分かれて見える。各像からの光はわずかに異なる経路をたどって地球に到達するので、光が到達するタイミングも異なるものとなる。この時間差は経路の差を反映し、経路の差はレンズ源となる銀河の物質分布やクエーサーと銀河それぞれの距離に依存するため、時間差から天体までの距離が推定できるのだ。

 

 一般相対論によると、重力の強い場所では時間の経過が遅くなるため、光の速度もそうでない場所と比べ遅くなります。

 このため、強い重力源の周囲を通る光は、重力源の方向に曲がることになります。

 クエーサーの実体は巨大ブラックホールであるため、遠方天体と地球の間にクエーサーがあると、凸レンズのような効果を発揮します。

 これを重力レンズ効果といいます。

 ただ、自然のものなので、人間が作った凸レンズのようにきれいな像をつくるわけではなく、遠方天体の姿は一般的には複数に分かれます。

 ときには、それらがくっついて輪っか状になることもあります(アインシュタインリング)。

 

 >こうして得られた距離と、赤方偏移の観測から得られる銀河の後退速度との関係から、Suyuさんたちはハッブル定数の値を73km/s/Mpc(不確定性2.4%)と導き出した。これは、銀河が地球から1Mpc(約326万光年)遠くなるごとに、宇宙膨張に伴って銀河が遠ざかっていく速度が秒速73kmずつ大きくなることを意味する。Suyuさんたちは3年前にも同様の手法でハッブル定数を導き出していたが、今回の研究ではより精度が高くなっている。

 

 ハッブル定数の値は以前は70km/s/Mpcとされていましたが、精密宇宙論の進展で有効数字二桁となったわけです。

 

 >この値は、変光星や超新星の観測をもとにした研究成果の一つである74km/s/Mpcには近いが、ヨーロッパ宇宙機関の人工衛星「プランク」による宇宙背景放射の観測から導かれた67km/s/Mpcと比べると有意に大きい。今回の研究は、地球から比較的近い宇宙の観測データから「現在の宇宙の膨張率」を導いたものだが、プランクの結果は誕生から約38万年後の宇宙の観測から導いた「現在の宇宙の膨張率」だ。本来はどちらの求め方でも同じ値が得られるはずだが、今回の結果から、両者の間に偶然や誤差ではない食い違いが存在することの確実性が3年前の研究よりもさらに高まった。

 

 異なる求め方でまったく同じ値となれば信頼性が一層高まって万々歳となりますが、そうは問屋が卸さなかったというわけです。

 

 整理すると、ハッブル定数つまり「現在の宇宙の膨張率」の値には次の2種類があることになります。

 ・ 67km/s/Mpc : 欧州宇宙機関(ESA)の宇宙論観測衛星「プランク(Plank)」による宇宙マイクロ波背景放射(CMB)の観測データを使う。これは誕生から約38万年後の「宇宙の晴れ上がり」時の宇宙を観測したもの

 ・ 73km/s/Mpc : 約30億光年から65億光年彼方に位置する6個のクエーサーの観測データを使う。これは地球から比較的近い宇宙を観測したもの(今回の研究など)

 約70km/s/Mpcとか言っていたおおらかな時代なら、問題にならない食い違いですが、精度が上がってきた今日ではそうも言っていられません。

 

 >2つの値の間に見られる矛盾を説明するには新たな物理が必要となるかもしれない。「私たちの測定は他の手法と完全に独立しているため、他で得られた結果をチェックする重要な値として機能します。今回の結果は、宇宙に対する私たちの理解が何か間違っているかもしれないことを示しています」(Kavli IPMU Kenneth Wongさん)。

 

 宇宙論において突破口を開く研究が出現することを強く期待しましょう!!!

 

 ★ この記事はテーマ「宇宙論」に分類しておきます。